
「日本棋院ネット都道府県団体対抗戦決勝ラウンド愛知4将vs北海道4将」の棋譜解説をしていきます。
人間の碁
仲邑菫初段vs万波奈穂四段のコメント欄にご要望いただいた棋譜を解説していきます。
今後も需要があり、かつ公益性のあるご要望は歓迎いたします。
級位者、もしくは有段者にとって一手一手の意味を理解するのは大変なことかもしれません。
しかし実はそうでもありません。
「岡目八目」の言葉通り、傍から見ているほうが対局者より冷静に判断できることが往々にしてあります。
ましてや最初から最後まで何度も見返していけば、おのずと一手一手に込められた読みや想いを推し測れるようになるでしょう。
棋譜を眺める上で大切なのは「対局者の心情」に他なりません。
どのように考え、どう悩み、どこに苦しんだのか分かるようになれば、大したものです。
囲碁の「棋風」とは性格から来ていますから、対局者の心情を読み解くのはさほど難しいことではありません。
囲碁仲間の打ち方を思い出してみてください、みな盤上において性格を雄弁に語っているでしょう。
友人の性格と棋風を照らし合わせているうちに、今度は初見の方でもどのような性質の持ち主か見極められるようになります。
俗に言う「人間観察」と同じかもしれません。
私の場合「血液型占い」や「星座占い」くらいの精度はあります。
対局にしても、棋譜並べにしてもただ漫然と最善を尽くすのではつまらないでしょう。
相手の性質を見抜き、その上で心理的な駆け引きをするのが「人間の碁」というものです。
ネット対戦において画面の向こう側にいるのは同じ人間であり、あなたと同じように焦りや不安を感じています。
もしくは冷静沈着に構えている、それどころか余裕すら感じているかもしれません。
そういう目には見えない相手の心情を察しながら、打ち進めていくことに囲碁の醍醐味を感じます。
囲碁はただ盤上の最善を追うだけのゲームではなく、あくまでも人間同士のやり取りなのです。
ここら辺をよく理解しながら、棋譜解説の内容を読んでみてください。
布石解説
黒番(推定棋力六段)は愛知4将、白番(推定棋力七段)は北海道4将です。
黒1,3の二連星vs白2,4の二連星はアマチュアの打碁の中でも最もオーソドックスな布石でしょう。
黒5のカカリに白6の大ゲイマ受けは「ん?」といった感じですね。
三々入りを誘っている、少なくとも隅の地を気にしていないことは確かですし、何かしらの作為を感じます。
黒7と三々入りしたのは軽率でいけません。
部分的には普通の手ですが、相手の棋風や意図も掴めていないこの段階で安易に仕掛けるのは愚策でしょう。
そもそも黒5のカカリは「右辺の二連星をバックにしていますよ」という意味合いですから、黒模様を築く、あるいは下辺での戦いを見据えてのものです。
様子見のカカリとしても手抜きがよく、ノーリスクで隅の地を得たいなら「単三々入り」が勝ります。
黒の敗因は「相手の情報を集められなかったこと」に他なりません。
孫子曰く「彼を知り己を知れば百戦危うからず」です。
これは結果論ではなく、アマチュアの大会では基本的な戦略でしょう。
プロ棋士とアマチュアの最大の違いは「事前に相手を知れるかどうか」に尽きます。
プロ棋士はお互いに子どもの頃から天才同士として全国大会や院生研修でぶつかり切磋琢磨しています。
木谷実門下の世代など内弟子生活の頃からタイトル戦での争いまで、おそらく何千局と打ってお互いをよく見知っていることでしょう。
アマチュアの場合、相手の情報を対局の中で探りながら打ち進めなければなりません。
常に「後出しじゃんけん」ができる白のほうが情報戦には有利なものの、やはり「先着の利」がある黒が局面をリードできることには変わりありません。
どちらがよいというわけではなく、戦い方や情報収集の仕方が違ってきます。
黒番の打ち方としては「模様や地を先行しながら、主導権を渡さない」のがセオリーとなっています。
対して白番は「黒の意図を外し、あわよくば主導権を奪ってしまう」打ち方が多く見受けられます。
布石で大切なのは「先手」すなわち「先着の利」です。
ここの争いを意識しつつ、水面下では相手の情報をより多く引き出した側が有利となります。
そういった意味でも、黒7の三々入りはうかつでした。
なぜならこのあと黒はまんまと白の術中に嵌ってしまうからです。
白6はさしずめ「人食い植物」のようなものであり、自陣に誘い込んで黒の主導権を奪いながら「研究」という名の情報戦に引きずり込む恐ろしい一手なのです。
そうとは知らず、黒はノコノコ白の隅へお邪魔していきます。
後の進行をみると分かりますが、白はすでに「研究済み」でしょう。
白8の遮りから白10と二線にハネて「白の作戦スタート」といった感じですね。
このハネを見れば、高段者なら「何らかの作為」を感じます。
とはいえ黒番の方も決勝ラウンドまで進んできた腕自慢ですから、白の小技に翻弄されるほど気後れしていません。
黒11~17まで、必然的な進行です。
このレベルでは「ある程度は先が読める」ようになります。
要するに筋に沿ってお互いに打ち進めることが容易なのです。
そうなると、ますます「事前の研究」が物を言います。
黒19の切りは有段者なら誰でも「切りたい」と感じるでしょう。
白10,12のハネツギはそもそも定石外れですから、ここはぜひ切って白の定石外れを咎めたいところです。
ちなみに定石外れを咎めるとは言っても「めちゃくちゃ良くなる」ことはありません。
囲碁はあくまでも「目数のゲーム」ですから、せいぜい1,2目得すれば満足でしょう。
部分的な折衝は「ちょっとだけ得する」くらいの気持ちでちょうどよいのです。
黒19の切りから白石を潰せるかといえば、そんなに甘くはありません。
白10,12で二線をハネツイでいますから、白の眼形は意外としぶとい形をしています。
白20の下ツケには黒21をそつなく利かしてから、黒23と押さえます。
白24が事前に用意された「研究の一手」です。
黒25とノビて白はひと目薄いように見えますが、利き筋を利用して意外と咎めにくい形になっています。
白26~30まで、生きるスペースを狭められて逆に隅の黒石が狙われています。
黒31では、F-4(6-十六)にツグのが唯一のチャンスでした。
この機を逃すと白の定石外れを咎めるチャンスはもうありません。
それくらい白はこの形を研究し尽くしています。
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【碁盤の「≡」設定から「Edit mode」をチェックすることで「検討」することができます】
白28,30は本来なら打ち過ぎであり、このタイミングで白36,38と眼形を作らないといけません。
黒31と先に眼形を作るのは白32の動き出しがこの上なく厄介でしょう。
しかしここでもF-4(6-十六)にツイでおけば、黒が主導権を握る戦いに持ち込めていました。
黒F-4(6-十六)には白F-1(6-十九)を用意していますが、黒が悪いようになるとは到底考えられません。
千載一遇のチャンスを逃した黒に残された道はまさに「イバラの道」と言っても過言ではないでしょう。
白は序盤早々からリスクを承知の上で「待ち構えていた」のが功を奏しました。
中盤解説
囲碁ではリスクを掻い潜るとその分だけチャンスが増すようにできています。
逆にチャンスを逃すとその分だけリスクを負う展開となってしまいます。
白32~38まで、外側の黒石を分断しながら眼形も作っては白ペースの進行となります。
黒39は外側のダメヅマリを回避しようとした打ち方ですが、ここでは外側のリスクを承知の上で黒40の打ち欠きを決行すべきでした。
勝負において、どこかで必ずリスクを取るのは当たり前のことです。
決勝ラウンドまで進んでおきながら、波風なく勝てるほど甘い世界ではないでしょう。
そういう意味では、黒は勝負のタイミングを先延ばしにしています。
よく言えば我慢強い、悪く言えば優柔不断と言えます。
三隅を丸々残したいわば「大型定石」のような変化ですから、左下隅の攻防によって一局のすう勢が決まってしまっても何らおかしくありません。
黒39とマゲたので、白40を利かして白42のハネに回ることができました。
さすがに黒41の生きを省いて外勢を厚くするのは打ちづらいでしょう。
実は目算すると左下隅を白に取られても「25目」しかありません。
元々、白の隅だったわけですから、左下隅を取らせて外側を「二手連打」するのは十分有力な選択肢の1つです。
だいたい、白40,41の二手は「第一線」ですから、大したことないのは誰の目にも明白でしょう。
しかしそれは「岡目八目」であって、実戦心理とはかけ離れています。
頭では「実利と厚みの交換」で十分と分かっていても、三々入りした黒石をみすみす捨てるのは忍びないと感じてしまうものです。
とはいえ、白42のハネを喰らって形勢は一気に白有利となりました。
黒の外勢には「切り」が入っており、白二子が邪魔で思うように動けないのが弱点でしょう。
実際に白二子の動き出しは相当厄介であり、歯の奥に詰まった「魚の骨」くらいの鬱陶しさが常に付きまとっています。
黒43~47の押しは中央の必争点とはいえ「車の後押し」になっているため、できれば押したくありません。
黒49と「カス石」をアタリにしても利いてもらえず、白50の「千両マガリ」を許してはいよいよ白の優位がはっきりしてきました。
ここで気持ちを切り替えて、右辺の黒模様に望みを託せるなら勝負はまだ分かりません。
しかし黒51,53と左下隅の攻防から生じた白の地模様に突入するようでは、ますます白の優位が確実のものとなります。
白にしてみれば、黒石をいじめながら絶対に「先手」が取れますからね。
白が後手になるのは、入ってきた黒石を仕留めたときに限られるでしょう。
黒53~73まで、どうあれ黒が生きるのは「後手」になります。
終盤解説
白74の動き出しは狙いの一手とはいえ、直接動き出すのはあまりにも露骨であり、石が重たくなるのでよくありません。
白としては左下隅の攻防で味を占めたのをいいことに一気に勝負を決めてしまおうとしています。
ここでは黒の選択肢は2つあります。
1つは右下隅から詰めて、黒二子を捨ててしまう打ち方です。
左下隅の白石は生きていますから「生きている石の近くは小さい」との格言が成り立ちます。
もう1つは黒二子を動き出して、中央の壁を戦いに利用することです。
いずれにしても、右辺に残された空間が黒の一縷の望みと言ってよいでしょう。
黒75のアテに白76と外すのは捌きの常とう手段になります。
黒77の這いからしぶとく、何とか白石に食らい付いていきます。
対して、白78のツギは重くていけません。
白は右下隅へのカカリを打つほうが軽くて捌きやすいでしょう。
白80~90まで、やった以上はトコトンと言わんばかりの突っ張り方です。
形勢をひっくり返すチャンスとは案外こういうところに潜んでいます。
黒91が唯一無二となる逆転への最後のチャンスでした。
今、このタイミングなら黒M-4(12-十六)のマゲに受けざるを得ません。
白N-3(13-十七)と換わってから黒J-5(9-十五)に放り込んでおけば、少なくとも種石の白5子を取れます。
実戦の進行も大同小異のように見えますが、白106のポン抜きを許してはせっかくの右辺が「マグサ場」と化しています。
ここはたとえ下辺の黒数子を捨て石にしてでも、右辺に向けて外壁を構築せねばなりません。
そのためにはM-4(12-十六)が欠かすことのできない利かしの一手でした。
※ここの変化はいろいろあるので、各自でご研究ください。
白106のポン抜きを先手で打たれてしまっては、だいぶやる気を削がれてしまいます。
とはいえ、黒が立て直すチャンスはまだまだありました。
白108のツケには手を抜いて右下隅を守り、白が黒4子を取ってきたらまた手を抜いて右上隅へ向かいます。
「生きている石の近くは小さい」の言葉通り、捨て石を駆使して模様を広げていれば第2ラウンド、第3ラウンドまで勝負が長引いていたでしょう。
白108以降は白の注文通りに崩されてしまい、コウのチャンスも活かすことができませんでした。
この碁は176手まで、白番北海道4将の中押し勝ちとなっています。
総評
とてもハイレベルな攻防が続き、見ごたえのある一局でした。
検討で観るよりも実戦のほうがはるかに難易度が高いのは事実ですから、私だったら白番の方に勝てるかどうか自信がありません。
しかしチャンスを作り、活かす努力は決して怠らないでしょう。
この碁の敗因は黒53のカカリにあると見ています。
白52まで、形勢は白有利となっているものの十分に相手の実力を情報として引き出すことができたはずです。
それなのに黒53のカカリとは何とも「保守的な打ち方」に見えます。
白の地模様を荒らす意図なのは分かりますが、普通に打っていたのでは到底追いつけない雰囲気なのは明らかでしょう。
彼我の実力差を感じているなら、目に見える範囲ではなく「見えない領域」で勝負するべきです。
すなわち「地」を荒らすのではなく「模様」を広げるなど、局面を収束させずもっと拡大させる方向へ石を運ぶのです。
囲碁における空間の拡大と収束は「宇宙」や「ラグビーのボール」のような楕円形をしています。
ある地点まで空間は無限の広がりを見せますが、膨張の臨界点を超えるとそこから収束に向けて進みます。
膨張の臨界点は明確に決まっておらず、対局者の意志によって折り返し地点が盤上に映し出されます。
この碁でチャンスが欲しいのは黒のほうですから、積極的に空間を広げるように工夫を凝らすべきだったでしょう。
これは決して結果論ではなく、黒53までの情報と囲碁のメカニズムを考慮した上での1つの結論です。
黒は三連星に構えるなり、もしくは右下隅から下辺に向けて大ゲイマに打つなど有力な候補手はいくらでもあります。
実力が勝る相手には「未知の領域」に誘い込むのが最も勝ちやすい戦い方でしょう。
囲碁にはとても人の手には負えない領域がいくつも潜んでいます。
その領域を上手く利用するかどうか、そこは相手との実力差次第です。
とにかく序盤のうちに相手の性格(棋風)と実力を把握することが情報戦において必須なのは間違いないでしょう。
単純に石の形や最善を追うだけでは、囲碁の世界を十分に知り尽くすことはできないのです。
彼を知り己を知れば百戦危うからず
これを機に相手の心情やその他諸々の情報を読み解きながら打つように心がけてみましょう。