「囲碁の大会で頻発している時間切れ負け」について考察していきます。

時間切れ負け

対局時間はどれくらい?

囲碁大会においてトラブルの原因となるのは、圧倒的に「対局時計」です。

普段から対局時計を使っている方はほとんどいないでしょう。

石を持ち、盤上に置き、対局時計を押す、という一連の流れは慣れないとそうスムーズにできるものではありません。

地方の大会では規模が小さいため、予算の都合などもあり対局時計を使うことは少ないでしょう。

しかし参加者の多い大きな大会では運営する上で対局時計は欠かせません。

日本棋院本院で行われる大会では必ず対局時計を使用します。

また最初は使っていなかったのに勝負が長引くと運営の都合で途中から対局時計を出されることもあります。

都内郊外の大会のときは決勝戦の途中から対局時計を出されて「お互いにあと5分以内で」なんて言われたこともありました。

このような時間管理はスケジュールの都合上仕方のないもので、勝負の本質ではありません。

碁会所や囲碁教室では置いてあっても使っている方はいないでしょう。

とはいえ、暗黙の了解として一局打つときの対局時間はおおよそ決まっています。

級位者なら30分、有段者なら1時間といったところでしょうか。

20分では1人あたりの考慮時間が10分になってしまうので、それはいくら何でも短すぎます。

早打ちの級位者の方であっても15分の持ち時間は必要でしょう。

ネット碁であれば「持ち時間10分」「秒読み30秒」といった設定が最も一般的ではないでしょうか。

もしくは「持ち時間20分」「秒読み30秒」で打っている方が多いでしょうね。

「秒読み30秒」とはNHK杯で採用されている「一手30秒」と同じ感覚です。

10分ないし20分の持ち時間を使い切った後、30秒を時間いっぱい使えば100手で50分もかかります。

意外と「30秒」というのは時間がかかるものなのです。

しかしネット碁においても級位者なら30分で終わってしまい、有段者なら1時間で終わってしまうでしょう。

高段者になってくると対局時間はもっと「短く」あるいは「長く」なります。

リアルの対局では「一手10秒」の早碁を友達同士で打ったりします。

ネットの対局でも「持ち時間1分秒読み20秒」の対局を持ちかけてくる方はいくらでもいます。

逆に一局を打ちきるのに1時間半や2時間かかることもザラにあります。

一般的な対局時計を用いない対局においては「1時間」が目安になっています。

リアル、あるいはネットにおいても「1時間」以上かかるのは好まれません。

もちろん相手との関係性次第ですが、実際には「一手15秒」程度の時間で打つのがちょうどよい着手の間隔になります。

一局の総手数を「240手」としたときに「一手15秒」で打っていけば、ちょうど1時間で240手打ちきることになります。

級位者の方はもっと総手数が短くなり、3~40分程度で終わるかもしれません。

いずれにしても「一手15秒」という間隔がおおよその目安になっていることは間違いないでしょう。

大会になると時間の間隔がもっと長くなります。

大会の1人あたりの持ち時間は40分であることが多いでしょう。

ハイレベルな大会では50分ということもあります。

1人40分の持ち時間なら一局に「80分」かかることになります。

もちろん一般的な大会形式に「秒読み」はありません。

「一局80分」とは総手数を240手としたときに「一手20秒」の計算です。

いつもより若干多めに考える時間が設けられています。

級位者の方であれば、持ち時間40分は長いくらいでしょう。

有段者の方にはちょうど良いかもしれませんね。

高段者になると持ち時間40分ではとても考える時間が足りません。

ペース配分は「布石10分」「中盤15分」「ヨセ10分」「予備5分」としています。

最後の「予備5分」は時間切れ負けを防ぐための工夫です。

実質35分で打つのは普段の対局と変わりませんが、大会になるとやはり慎重に考えてしまいます。

布石で失敗すると勝つこと自体が難しくなるため、立ち上がりを慎重になりがちです。

そうすると最後のほうで猛烈に時間に追われることになりかねません。

私の場合は「布石は適当」に打つようにしています。

勝敗に直結するのは「中終盤」と考えているので、最初のほうは割り切って局面を進めていきます。

とはいえ、石が死にそうになったり劣勢に立たされると途端に時間を使い始めてしまいます。

対局において最も時間を食うのは「劣勢を自覚したとき」なのです。

指導碁をしているときの級位者あるあるとして「死んでから考える」というものがあります。

こちらとしてはとっくの昔に「危ないな」「もうダメだな」とわかっているのですが、級位者の方は状況を認識するまでに時間がかかります。

三目中手の真ん中に置かれてから「死に」に気づいたなんてことは日常茶飯事です。

そして死んでからものすごい長考に入ります。

そこから十数手、あるいは何十手と無駄手を打ち続けてやっと投了するのです。

このメカニズムは有段者の方もまったく同じなのです。

「劣勢を自覚したとき」から長考が始まり、「もがき」とも取れる無駄手を打ち続けるのです。

「高段者」然り「プロ棋士」然り、人間は劣勢を自覚してから投了するまでに時間がかかります。

もちろん逆転するケースも多くありますが、悪あがきに見えるケースも同じように多くあります。

「時間制限なし」の普段の対局において、この光景は微笑ましいものです。

「投了」とは敗者の権利であり、勝者がその権利を冒す資格はどこにもありません。

ところが「時間制限あり」の大会になると、そういった状況も様変わりします。

時間切れによるトラブル

基本的に「持ち時間40分」の大会では「切れ負け」が絶対のルールになっています。

盤上における形勢の如何に関わらず、持ち時間の切れたほうが負けになります。

ここの誤認している方が大会ではよくいらっしゃって「クレーム」を付けてきます。

あなたが中盤100手まで進んだところで相手の大石を取ったとしましょう。

あなたは「これで勝ちは決まったな」と内心喜んでいます。

しかし相手の方はまだ打ち続けます。

あなたは仕方ないので、相手の方が投げるまでお付き合いします。

するとあなたは対局時計を押し忘れていて、結果的に「時間切れ負け」になりました。

このようなケースにおいて「勝っていたのにふざけるな」と怒る方がとても多いんですね。

大会ルールに「切れ負けは形勢の如何に関わらず負け」と明記されている以上は何があっても時間の切れたほうに責任があるのです。

対局時計の押し忘れなど他の誰でもないあなた自身の責任です。

それを切れ負けしてから「ごねる」ような真似はもってのほかでしょう。

この「切れ負け」にまつわる話は実のところ奥の深いもっと根本的なことなのです。

あなたは盤上でもう逆転する手立てを見つけることはできません。

あとは潔く投了するしかありませんが、よく見ると相手の残り時間はわずかです。

あなたは潔く負けを認めますか、それとも「時間切れ負け」を狙いますか?

人によっては

「時間切れ負けを狙うなど棋道に反することはするもんじゃない」

あるいは

「ルールで定められている以上、時間内に打ちきれないほうに問題がある」

なんて方もいらっしゃることでしょう。

実は「切れ負け」に関しては「ケースバイケース」であり、その時々で対処が異なります。

上記の意見はどちらも正しく、そしてどちらも間違っているのです。

もしあなたの持ち時間が残り「20分」で、相手の持ち時間が残り「1分」だとしましょう。

局面はまだ「布石」が終わって間もない「中盤」です。

このような状況ではとても投了して勝ちを譲ることなんてできません。

相手が勝勢なのは間違いないとしても、その優勢を得るために時間を使い切ってしまったのです。

もし投了なんてしてしまったら、それはもう囲碁の試合ではありません。

布石に全精力を使って、勝勢にしてしまえば勝ちなんて競技の体を成していません。

実際のところ布石に時間を使い過ぎてしまい、優勢のままあえなく時間切れになってしまった友達がいます。

高段者にとって「持ち時間40分」ではとても時間が足りませんから、気持ちはわかりますが同情はまったくできません。

時間配分も含めての勝負です。

それでは、今度はあなたの持ち時間が残り「1分」で、相手の持ち時間が残り「20分」だとしましょう。

局面はあと数手も進めば、このまま終局となります。

ところが敗勢である相手はあなたの陣地に手を付けてきました。

あなたは対応せざるを得ません。

そうこうしているうちに、あなたの持ち時間が切れてしまいました。

このような状況で「時間切れ負け」を狙ったかもしれない相手の行動は「正しい」のでしょうか?

それとも「間違っている」のでしょうか?

はっきり言って、これは正確に判断を下すことは誰にもできません。

日本棋院で行われている大会では「審判長が故意による切れ負けと判断した場合には失格とします」というアナウンスがされます。

大会の審判長とは「プロ棋士」の先生です。

相手が遅延行為で時間切れを狙っていると判断したなら、いったん時計を止めて対局を中断します。

そして審判を呼んで、審判長の裁定を仰ぎます。

一見して正しい手順に見えますが、ちょっと横暴なところもあります。

「手」のないところに打って時間稼ぎをしていることなど、誰がわかりますか?

プロ棋士にとっては「手」がない場所でも、級位者同士の「ヘボ碁」であれば「手」になるかもしれません。

そういう「受け間違い」も含めての勝負です。

それを裁定しようとするのはいささか強引な手法と言わざるを得ません。

しかし「切れ負けを狙う遅延行為」を認めてしまっては、対局が成立しなくなります。

本当に「無駄手」を打って勝負を長引かせる輩が現れるからです。

人は勝つためなら時に「競技」を捨ててしまいます。

「囲碁」という競技で勝ちにきているのに、「勝つこと」が目的になっているのです。

こんなバカみたいなことが起こり得るのは「時間」というルールを設けているからに他なりません。

時間制限を設けていない普段のリアルの対局では「遅延行為」に何の意味もありませんからね。

皆さんが普段から対局時計を使っていない、慣れていないこともトラブルを誘発する原因となっています。

対局時計を押し忘れないように注意しましょう。

そして相手の方が時計を押し忘れていたら、親切に教えてあげましょう。

せっかく一期一会で対局する機会に恵まれたわけですから、お互いに気持ちよく打つことが何よりも大切です。

ちなみに指摘しても押し忘れる方がいるので、残念ながらそういう方は放っておきましょう。

こちらが対局に集中できなくなっては意味がありませんからね。

大会で対局時計を使うときは「相手の切れ負け」に気を遣ってしまってめんどくさいことが多いのです。

ケース①

相手が時計を押し忘れていたらその都度教えてあげる。

ケース②

相手が時計を押すまで(気づくまで)こちらは着手しない。

ケース③

相手の時間が過ぎていくのを気にせずに打つ。

取れる方策としてはこの3通りが考えられます。

「何でこちらが相手の時間まで管理しないといけないんだ」って話ですよね。

とはいえ、意図せず切れ負けを狙っているようで気持ち悪いことも確かです。

一番良いのはとにかく盤上に集中することです。

相手の時間が切れようが切れまいが関係ありません。

盤上でこちらが優勢、もしくは勝勢であれば文句はないはずです。

ただし劣勢、敗勢になってしまってから「切れ負け」を狙うのはやめておきましょう。

中盤真っただ中であれば、何が遅延行為になるかなど誰にも判断することはできません。

しかし当のあなた自身は「切れ負けを狙っているかどうか」わかっているはずです。

相手の「切れ負け」によって勝てたとしても、それは「囲碁」という競技で得た勝利ではありません。

「時間」という競技にすり替わっています。

生活が懸かっているプロ棋士の手合いでは「時間」に関してもシビアに考えざるを得ません。

たとえアマチュアであっても真剣に勝負に臨んでいる以上は「時間」に対してシビアになってもよいのかもしれません。

ここら辺の考え方は人それぞれ一様でなくとも構いませんが、そもそもの「目的」を忘れてはいけません。

・囲碁の大会に出場しているのは何のためですか?

・囲碁の腕試しに来ているのではありませんか?

本来の目的を見失ってしまっては、何をしに来ているのかわかりません。

自分自身のあるべき姿

基本的にマナーや態度を他人に強要するものではありません。

自分自身の問題として「どうありたいのか」ということが重要なのです。

これは「切れ負け」に限らず、「棋力詐称」や「ハガシ(反則)」などにも言えることです。

「有段者なのに名誉や賞品目当てに級位者の大会に出ている」

「大会でハガシ(反則)をされて、しかも負けてしまった」

こんな事例は挙げればキリがないほどたくさん起きています。

私も宝酒造杯の全国大会において、対戦相手の方に「ハガシ(反則)」をされたことがあります。

盤上の形勢は向こうが優勢です。

その方は手慣れた手つきで「おっと」と言いながら打つ場所を変えてきました。

その時点で審判を呼んで相手のハガシ(反則)を指摘していれば、問答無用で私の勝ちになります。

しかし私が指摘することはありませんでした。

1つは相手の方が全国大会のためにはるばる地方から出てきているためです。

いくら反則とはいえ、咎めてしまっては後味の悪い思いをさせてしまいます。

それに私は「反則勝ち」なんて勝ち方をしたくありません。

あくまでも「囲碁」という競技にこだわって勝ちたかったのです。

気合いで劣勢を覆しましたが、最後には再逆転されてしまいました。

後日、この一連の出来事を友達に話してみました。

彼曰く「ハガシをするような奴に負けるなんてお前が未熟なだけだ」とのことです。

慰めてもらおうと思っていたら、とんでもなく厳しい返しをされましたね。

とはいえ、彼の言っていることはまさしく正論です。

「相手がどうのこうの」ではなく、「自分自身がどうあるか」だけなのです。

漫画「ヒカルの碁」でも似たような場面が出てきます。

主人公のヒカルが相手のハガシ(反則)を指摘して勝ち星を拾います。

もちろん反則を咎めて勝ったのですから、当然の結果と言えるでしょう。

しかし主人公のヒカル自身は「勝負して勝ちたかった」のです。

反則を咎めずにそのまま続けて劣勢を覆して勝ちたかったのです。

これは「ルール」なんて小さい問題ではなく、「人としてどうありたいのか」というもっと根本的な話になります。

私たちはアマチュアだからこそ「勝負」の結果以上に「競技」の過程を追及できるのです。

先ほど紹介した友達の言葉には「なぜハガシを指摘しなかったのか?」というニュアンスはどこにもありません。

「なぜ勝てるのに勝たないのか?」ではなく「勝てるように(普段から)努力していない」ことを彼は言いたかったのでしょう。

相手や結果が問題なのではありません。

自分自身や結果に至るまでの過程こそが大切なのです。

もちろんマナー違反、ルール違反、棋力詐称による倫理違反は気持ちのよいものではありません。

故意であるのか、そうでないのかに関わらず、指摘したくなる方も多いことでしょう。

しかしどんなに相手を咎めたところで世の中が良くなることはありません。

人によって「学び」と「気づき」のタイミングが異なるからです。

対局時計による「時間切れ負け」なんて事例は、私にとっては些細なことで問題にもなりません。

ところが大会に慣れていない級位者の方やどうしても勝ちたい有段者の方にとって、一大事であることは間違いありません。

私の場合は囲碁に関する「学び」や「気づき」が今まで培ってきた経験の数だけあります。

あなたにはまだ経験が足りません。

いくら碁会所で長年打っていても、大会に出ないことには「切れ負け」の経験を積むことはできません。

囲碁との関わり方、体験してきたことは人それぞれ違っていて当然でしょう。

だからこそ「人に指摘する」なんて、何と「バカらしい」行為なのでしょうか。

あなた自身が今まで培ってきた「知識」や「経験」の元に気を付けていれば、それでよいことなのです。

私たちは勝敗に徹する生活の懸かったプロ棋士ではありません。

アマチュアだからこそ、お互いに気持ちのよい一局を打つための配慮ができるはずです。

普段から勝ち負けを超えて、相手に配慮できるような心構えで対局に励みましょう。

きっと気持ちに余裕が出てきて、対局内容にも好影響を及ぼすことになるでしょうね。