「囲碁の楽しさと上達のバランスをどうするのか?」について考察していきます。

楽しさと上達のバランス

勝ち負けの意識

あなたは囲碁を楽しんでいますか?

それとも上達を苦にしていますか?

やはり一番感じるのは「楽しさ」と「上達」のバランスは難しいということです。

アマチュアの皆さんは楽しみで囲碁を打つ方がほとんどではないでしょうか。

仕事そっちのけで囲碁漬けの生活をしている人はそうそういません。

私も普段の対局は趣味として楽しんでいます。

とはいえ勝敗が付いてしまうものですから、楽しもうとするばかりでは面白くありません。

人間である以上、少しでも成長したいと願うものです。

「勝ちたい」「成長したい」と思う気持ちは本能的な欲求と言えるでしょう。

その欲求を満たすために日々対局しています。

負けが込むと「これではダメだ!」と本を読みますし、詰碁も解きます。

日曜日はNHKの囲碁講座を見て、囲碁将棋チャンネルをチェックします。

これで勝てるようになると良いですね。

しかし実際にはそう都合よく勝てるものではありません。

当たり前のことですが、一局打てば勝ちと負けの結果が分かれます。

三コウや長生などの「引き分け」は実戦において未だに見たことがありません。

三コウができそうな局面を一度傍から見たことがありますが、一説には三コウになるのは「九千局に一回」という割合だそうです。

つまり囲碁では引き分けは限りなく可能性が低く、実はそこが囲碁のゲーム性を高めている所以でもあります。

勝ち負けが必ず分かれるということは、世の中でいくら対局が行われようとも半数の人が負けているということになります。

これは当たり前のことで、ことさら言うことでもありません。

ただ傍から見ていると勝ちに執念を燃やし過ぎている方が多く見受けられます。

すごく悔しそうにしたり、負けが込んで落ち込むようなことは日常茶飯事です。

また「いつも負けてばかり」と愚痴をこぼす方もいます。

しかしこれは冷静に考えておかしなことでしょう。

適正な手合いで打っていれば、勝率は5割程度になります。

打てば打つほど5割の勝率に落ち着くはずです。

もし一生懸命勉強して日々少しづつ上達していけば、勝率は少しづつ上がっていきます。

7割、8割を超えた時点で次の段・級に昇格できますね。

昇級してしばらくの間は勝率4割程度に落ち着くのではないでしょうか。

つまり毎回負けているというのは単なる「手合い違い」である可能性があります。

それ相応のハンデを置けば、必ず勝率は5割に近づいていくことでしょう。

自称の棋力

とはいえこの「適正な」というのは非常に厄介な言葉です。

級位者は皆「初段になりたい!」と願いながら囲碁を打っています。

そのためまだ二桁級のうちは恥ずかしくて「何級」と名乗ることができません。

級位者のままでは周りに格好が付かないという気持ちが働くのも分かります。

ですから囲碁を始めたばかりの人はなかなか誰かと対局しようとしません。

もっぱらCPU相手に打っているか、ネットで対戦しているかのどちらかです。

囲碁はやはりコミュニケーションがあってこそですから、ゲームやPCの画面相手に打っていてもすぐにつまらなくなってしまいます。

そこで勇気を持って対局相手を探しに外に出ます。

そのとき碁会所に勇んで足を運んだ方もいるのではないでしょうか?

しかし1,2回ほど通っただけで、結局は断念してしまった方も多いはずです。

碁会所のレベルはだいたい上級者~有段者といったところです。

ひどい碁会所では弱い級位者は門前払いされてしまうこともあります。

そこで今度は一念発起して教室に通います。

とはいえ教室も何だかんだいって相性が大切です。

雰囲気は勿論のこと自分の棋力に見合う相手がいなければ、どうしても通い続けることはできません。

さて、そうこうしているうちに何とか自分の居場所を見つけることができました。

教室では「私は何級です」と言えるようになり、そろそろ腕前にも自信も付いてきました。

そうすると今度は腕試しに大会に挑戦することになります。

およそ5級以上の上級者になれば、出場する意欲も沸いてくるでしょう。

しかしいざ大会に出てみると、教室との棋力のギャップに気が付きます。

大会では出場者の棋力の基準が曖昧な上、同じ棋力の集まりとは限りません。

仮に段級位認定大会の「初段戦」に出るとしましょう。

初段戦で優秀な成績を収めれば初段免状を獲得することができます。(全勝なら無料)

このとき初段戦に出てくるのは「自称初段の方」「初段を取りたい1級の方」「初段免状を取りたい二、三段の方」の3パターンに分けることができます。

段級位認定大会において級位戦を勝ち抜いて1級を認定された方ならまだ信用できます。

しかし初段を騙る「自称初段」の方々の棋力は世間の基準から相当ズレてしまっています。

これは決して棋力を詐称しているわけではなく、それぞれの碁会所や教室における棋力の基準がまったく違うことに起因しています。

棋力を誇張したがる「見栄」のせいで、棋力のインフレに拍車がかかっています。

見栄とチャレンジ

私が囲碁を始めたばかりの頃は地元の公民館で打っていました。

毎週土曜日をすごく楽しみにしていたのを今でもはっきり覚えています。

高校一年生のときに「ヒカルの碁」を読んでハマったのは、同世代ではよくある話でしょう。

ただ学校では打つ相手が見つからなかったので、唯一公民館のおじいちゃんたちだけが自分の棋力を知るための基準でした。

しばらくして「どれくらいの棋力ですか?」と聞いてみると「1級だよ」と答えてくれました。

しかし何を思ったのか、後日申告棋力を「二段」と訂正してきました。

そのとき「おや?」と感じたものの、そうなのかと納得することにしました。

今思い返してみると、適正な棋力はやはり1級だったのでしょうね。

高校一年生の9月に囲碁を始めてからあっという間に年度が替わり、夏の大会へ出場する頃には3級を名乗るようになっていました。

棋力は(自称)二段のおじいちゃんに5子で打てるようになったのが根拠です。

そのため自信たっぷりに3級で大会へエントリーしています。

ただよくよく考えたら、二段に5子の手合いなら棋力は4級でしたね。

しかも実際には公民館の棋力が世間よりも二子くらい甘かったわけですから、本当はまだ6級の実力しかなかったはずです。

それでもBクラスにおいて3勝1敗の成績を収めたことにより、3級の免状をもらえました。

Bクラス3位だったので、何と地元の新聞にも小さく名前が載りました。

当時を振り返ると田舎は何とレベルが低かったのだろうと思います。

(今にして思えば)6級で出場して、3級に合格ですからね。

半年経って冬の大会にも出ましたが、そのとき夏の大会で唯一負けてしまった相手とまた対戦することになりました。

夏の大会ではお互いに3級として出場しています。

しかし今回はこちらが2級でエントリーしていて、向こうが初段でエントリーしていました。

私は当時、(自称)二段のおじいちゃんたちに3子か4子の手合いでした。

すなわち、まだやっと2,3級ということです。

「一局打てば旧知の仲」というのは本当のことかもしれません。

彼とは一度しか対局していないにもかかわらず、あっという間に仲良くなっていました。

そのときは軽く腕試しのつもりで、練習碁を「互先」で打ってみました。

そしたら驚くことに初段の彼に圧勝してしまったんですね。

互先でも明らかに自分のほうが強いという実感がありました。

そして大会本番でも同じBクラスで当たります。

手合い割りは初段vs2級のため2子局となり、練習碁よりもさらに圧勝してしまいました。

彼に話を聞くと、初段でエントリーしたのは多少の見栄と「チャレンジのつもりだった」とのことでした。

棋力認定の問題点

さて、そろそろ本題に戻りましょう。

碁会所や教室、ネット碁などそれぞれの基準によって段級位は別々に設定されています。

特に教室では棋力判定の甘いところが多いでしょう。

「早く上達したい」「1つでも級を上げたい」という生徒さんの要望に優しく応えると見事にインフレしてしまいます。

そうかといって、いつまでも「万年〇級」では囲碁を続ける意欲もなくなってしまうでしょう。

まさにここが「楽しさ」と「上達」のバランス感覚の難しいところでしょう。

棋力認定を厳しくすると楽しく打つことができません。

対局そのものではなく見栄のような部分で、低い級だと恥ずかしいという気持ちが必ずどこかにあります。

教室全体の棋力を甘くすれば、皆さんがwinwinになりますからね。

ただし今度は「上達」の妨げになってしまいます。

上記にも示したように適正な手合いでは勝率は5割程度です。

それを背伸びして認定された棋力では、教室の外に出ると勝てずに負け越します。

そのせいで大会に出ると自分はいつも負けていると錯覚してしまうのです。

もちろん通い始めた最初の教室にずっといて、ほかの場所でまったく打たないこともできます。

そうすれば、世間とのギャップに気づかず楽しく打つことができるでしょう。

しかしその場合も棋力が毎年インフレすることは避けられません。

なぜなら時間の経過とともに棋力を上げなくては成長を感じられないからです。

実力に応じて棋力を判定していては、もう何年もやっているのにちっとも強くならないと愚痴をこぼし始めます。

そうなると教室も経営していかなければならず、皆さんの不満にインフレという形で応えるしかありません。

順調に上達しているかのように感じても、それは錯覚です。

大会やほかの教室との対抗戦で腕試しをすれば、すぐに現実がわかってしまいます。

すると意気消沈して囲碁を辞めてしまう原因にもなりかねません。

楽しさと上達(棋力)のバランス感覚は非常に難しいですね。

楽しく打つのを一番に考えれば、棋力のインフレなど些細な問題です。

逆に上達することを最優先させるなら、世間の基準に合わせた棋力にするべきです。

勘違いこそ上達の妨げになりますからね。

勝ち負けを意識するのであれば、むしろ棋力を下げて大会に臨んだほうが賢明でしょう。

あからさまな棋力詐称は相手に対して失礼な行為ですが、負けてばかりいるなら自称の棋力より下げても特に問題はありません。

もしそれで2勝2敗という結果なら、下げた棋力の申告のほうが正しいという証明になります。

楽しく上達が理想的

ここからは少し視点を変えてみましょう。

仮にあなたが教室に通っていて、しかも素晴らしい授業を受けていたとします。

教室の皆さんの棋力も目に見えて上がっています。

しかしそうはいっても、教室内での手合い割りは変わりません。

生徒が一様に上達しているのですから当然です。

このような状態で大会や対抗戦に出場すれば、これはプラスの結果になりますね。

勝って棋力も上がって上達を実感することができます。

まさに理想的です。

やはり囲碁は勝つと楽しくなり、気持ちも上向きになります。

楽しくなると囲碁をやる時間が増えてどんどん強くなります。

強くなればまた勝ち星が増えて楽しくなります。

これらは理想的な好循環です。

これが負のスパイラルに引っ張られるとまったく逆に作用します。

「負けると悔しい、負けてばかりで全然楽しくない」

楽しくなくなると囲碁をやる時間が次第に減っていきます。

このような状態では、どうやっても上達できるわけがありません。

友達やライバルは成長しているのに、一人だけ成長が止まっていては負けてしまうのも当然のことでしょう。

そして周りとの差がどんどん開いていきます。

せっかく楽しみで囲碁を打っているのに、こんな状況では勿体ないと思いませんか?

あなたは勝ちにこだわり過ぎています。

だからこそ負けると必要以上に悔しがります。

「もっと楽して勝てないか」「もっと簡単に上達できないか」といった安易な思考に陥ってしまいます。

せっかくこんな素晴らしいゲームをやっているのですから、もっとおおらかな気持ちで対局を楽しんでみてはいかがでしょうか?

楽しみながらあるがままの自然体で上達していくことが一番です。

負けたり、上達が遅いからといってもあまり気にせず、必要な反省だけに気持ちを留めておきましょう。

勝ちを目指しつつも勝ちにこだわり過ぎない、そんな気持ちで今日も一局打ってみましょう!