「囲碁上達のスピードが早い人と遅い人の違いとは何か?」について考察していきます。

囲碁上達のスピードが早い人と遅い人の違い

ルールを受け入れられるか?

あなたは今、どれくらいの棋力で打っていますか?

級位者の方はこれからまだまだ伸びる余地が残されています。

有段者の方も取り組み方次第では、伸びしろを活かすことができるでしょう。

囲碁の上達には終わりがありません。

何歳から始めても、どれだけ時間がかかっても必ず上達できると断言します。

とはいえ「上達のスピード」は人それぞれペースが違っていて当然です。

1年もかからずに初段になる方もいれば、何十年もの間「万年級位者」に甘んじている方もいるでしょう。

上達における両者の違いとはいったい何なのでしょうか?

それさえ分かれば、あなたの上達への道筋がより一層明確になります。

上達が早い人と遅い人の違いとは「たった1つ」しかありません。

それは「受け入れられるかどうか」という点です。

囲碁のルールを受け入れられるか?

囲碁の基本を受け入れられるか?

分からないものを分からないまま受け入れられるか?

これらのことを難なくできる方がより早く上達への切符を手にします。

一例として「囲碁のルールを受け入れられるか?」について説明していきましょう。

囲碁は5つのルールから成り立っています。

囲碁のルールにおける5つの基本とは?

※詳しくはこちらをご覧ください。

囲碁のルールをすっと受け入れられた方は囲碁を続ける見込みがあります。

逆に入門・初級でつまずいた方は囲碁のルールをなかなか受け入れられなかった可能性が高いでしょう。

囲碁のルールは以下の5つになります。

・黒番と白番で交互に打つ。

・囲んでいる石を取る。

・打てない場所がある。

・同じ局面を繰り返してはいけない。

・最後に陣地の多いほうが勝ち。

これらは上から順番に「優先度が高く」なっています。

「交互に打つ」というルールは最も受け入れやすいのではないでしょうか。

誰しも「順番を守る」ことに関しては、日頃から経験しているはずです。

次に「囲んでいる石を取る」というルールですが、人によってはここから怪しくなってきます。

石を取るには「全方位(ナナメも含む)」を完全に囲わなくてはいけませんか?

もちろん、違いますよね。

石を取るには「呼吸点(ダメ)」をすべて塞げば、それで事足ります。

石のつながりは線と線によるものであり、ナナメには線が通っていないからです。

さて、今の説明で分かったあなたは立派な「囲碁脳」をしています。

残念ながら、この説明だけで十分に納得できる方は囲碁をある程度打てる人だけでしょう。

囲碁をしたことのない初心者の方に話したら「何を言ってるんだ?」となるのが関の山です。

「囲んでいる石を取る」というルールは3歳児でも理解することができます。

しかし「納得できるかどうか」に関して言えば、大人には難しい問題です。

なぜなら今までいろんなこと経験しているため、深読みし過ぎてしまうきらいがあるからです。

交点ではなく、マスを使う「オセロ」は斜めのハサミも有効になります。

またチェッカー(ドラフツ)と呼ばれる「西洋碁」はマスを使い、白黒の石をナナメに動かします。

線と線の交点に打つ囲碁は「タテヨコ」のつながりが基本となります。

しかしながら、それは当たり前のことではなく「囲碁(というゲーム)固有の動き方」なのです。

あなたが今、当たり前に感じている囲碁のルールは決して簡単なものではありません。

「打てない場所がある」というルールから、初心者にはさらに難しくなってきます。

いわゆる「着手禁止点」ですが、わかりやすく言い換えると「落とし穴」という表現が適切でしょう。

「落とし穴に落ちたら、すでに囲まれているので取られますよ」と説明すれば理解しやすいかもしれません。

ところがこの「着手禁止点」のルールこそ、囲碁入門の「落とし穴」であることに気づいていますか?

「囲んでいる石を取る」と「落とし穴に打てない」のは、それぞれの場合を想定すれば理解できます。

では、両者が「同時に起きた場合」はどうしますか?

具体的には外ダメが全部詰まって、内ダメが1つ(1眼)しかない「アタリ」のときです。

外ダメが1つでも空いていれば「落とし穴」が勝り、すべて詰まってアタリのときは「囲んでいる石を取る」というルールが勝ります。

なぜ「アタリ」のときは「落とし穴」が優先されないのでしょうか?

その答えは「交互に打つ」というルールに求めるしかありません。

すなわち「先に打ったほうの着手を優先する」というわけです。

黒がダメを詰めて取る側なら、黒番の着手を優先的に処理します。

それなら「同時に起きた場合」でも問題なく対処することができます。

賢いできごと

以前、ルールを覚えた子どもたちの対局で次のようなことがありました。

「囲んでいる石を取る」

「落とし穴に入ってきたら取る」

この2つのルールを教えた状態で「石取りゲーム」をした時のことです。

「着手禁止点」「コウ」「地」のことは何も教えていません。

これらのルールは大人でも難しいので、「石を取ったら勝ち」というシンプルな条件にしています。

そうしたらたまたまできた「コウ」を争って、両者が同時に石を取りました。

何が起きたのかすぐにはわかりませんでしたが、よくよく見ると「なるほど」と納得しました。

1人の子は「囲んだから」石を取り、もう1人の子は「落とし穴に入ってきたから」石を取ったわけです。

子どもは打つのが速いですから、まさに「一瞬の出来事」でした。

仮にビデオ判定していれば、コウを取った子の石取りのほうがわずかに「速い」はずです。

「落とし穴」のほうは打ってきた石を取るわけですから、正確には「同時」とは言えません。

このとき私は「この子たちは賢いな」と感じました。

しかしよくよく考えてみれば、囲碁をやるには不向きなのかもしれません。

理由としては「賢いほど、つまづきやすい」からです。

「ヒカルの碁の」ワンシーンで、主人公のヒカルが幼馴染の女の子に囲碁を教える場面があります。

そのやり取りが非常に絶妙であり、囲碁の真理をついています。

(以下、アニメ第7話より)

ヒカル「いいか、お前は白だ」

あかり「うん」

ヒカル「黒にもしここに打たれたら、この白石は取られちまうんだ」

あかり「ふーん」

ヒカル「じゃあ元に戻すぞ」

ヒカル「お前の番だ、白石を取られないためにはどうしたらいい?」

あかり「こうやって逃げる」(アタリの石を動かして逃げる)

ヒカル・佐為「・・・(ポカーン)」

ヒカル「舐めてんのかテメー!お前無理、絶対無理!」

あかり「何よ、ヒカルに言われたくないわよ!」

(ここまで)

私はこのやり取りが秀逸だと思うのは、基本的にヒカルはあかりちゃんより勉強ができないという設定によるものです。

賢いあかりちゃんが勉強のできないヒカルにバカにされているのですから、面白いものです。

あかりちゃんが見落としていたのは「置いている石は基本的に動かせない」という点でしょう。

相手の石を取るとき以外、つまり自分の石を動かすのは「ハガシ」と呼ばれる反則になります。

ヒカルの説明不足感は否めませんが、これまで散々隣でヒカルが打つのを見てきたあかりちゃんも天然と言わざるを得ません。

分からないものを受け入れる

少々話が逸れてきたので、本題に戻します。

何が言いたいのかというと、囲碁のゲーム性を「無条件に受け入れられるかどうか」というのは案外難しいものだということです。

「着手禁止点(落とし穴)」まではまだしも「コウ」や「地」となると、もはや訳が分かりません。

あなたは「地」のことをちゃんと理解していますか?

囲碁における地とは?

※詳しくはこちらをご覧ください。

囲碁を始めた当初から「地」を正しく理解できる人は誰もいません。

これは断言します。

なぜなら地とは「着手禁止点(眼)」すなわち「死活」を把握していないと説明できないからです。

だからこそ、初心者のうちは「石によって囲われた空間」という認識だけで十分でしょう。

大切なのは「そういうものだ」と受け入れる心構えです。

ルールに疑問を抱かず、とりあえず納得しておくのが最善の態度になります。

そもそも交互に打つところから「先手・後手」の優劣がつくため、平等ではありません。

囲碁をやっていれば「コミ」というルールは周知のことですが、初めから説明する人はいないでしょう。

もし賢い人なら「交互に打つ」と言われた時点で、そのことに気づいても何らおかしくありません。

とはいえいちいち疑問を抱いていては、なかなか先に進むことができません。

囲碁をより深く理解しようと思うほど、いろんな要素を知る必要があります。

ルール1つ取っても、すべて完璧に説明できたら「有段」の実力があります。

つまり囲碁を理解しながら勉強を進めるより、知識が深まってきてから理解したほうが断然早いと言うべきでしょう。

これは何もルールだけにとどまらず、囲碁のすべてにおいて当てはまります。

「定石を覚えましょう」

「布石の打ち方を学びましょう」

「詰碁を解きましょう」

「手筋を勉強しましょう」

これらは決して「理解しましょう」というものではありません。

囲碁に触れて、囲碁の世界観を「受け入れましょう」というのが正しい解釈になります。

賢い人ほど完璧主義であり、1つ1つ理解しようとしがちです。

しかし囲碁において、それは最も「効率の悪い手法」と言えます。

囲碁は全体を網羅できて初めて1つ1つのことが理解できるようにできています。

何となく全体像を掴むことで、部分的な細かいところもより鮮明に見えてきます。

囲碁は「適当」または「良い加減」に考えるくらいでちょうどよいのです。

悪い口癖として「難しい」「分からない」の2つが挙げられます。

よい口癖は「なるほど」「そういうものか」という感じでしょう。

初心者・初級者の頃は理解できないのが当たり前です。

ことあるごとに「難しい」「分からない」と言っていては、いつまで経っても先に進めません。

中級者・上級者になるほど発言がポジティブになります。

何事も全体像を掴めないまま、右往左往していても仕方ないでしょう。

とりあえず難しい、分からないところは放っておいて構いません。

囲碁の「基本」と言われるものは無条件に受け入れるべきです。

「基本定石」「基本布石」「基本死活」「基本手筋」「基本のヨセ」等々、基本と名の付くものはつべこべ言わずに習得しましょう。

ちなみに「基本」と名の付くものをすべて理解できたら「高段」の域へと達します。

私もたまに「基本〇〇」を見返しますが、いつも「あ、難しいな」と感じています。

確かに級位者の頃や有段者になってからもやりましたが、いまだに「難しい」「分からない」というのが率直な気持ちです。

「よくこんなの解いてたな」「実戦で現れるのはどれくらいの確率なんだろう?」とか思います。

ただやっていた分だけ「知っている」のも事実であり、知識の蓄えが自信にもつながっています。

もちろん精神的な話だけではなく、技術的な裏付けにもなっていることでしょう。

正直「基本〇〇」をやって意味があるかどうかは分かりませんし、どちらかと言えば懐疑的です。

それよりも「実戦」と「検討」を繰り返したほうが効果的ではないかと考えています。

とは言うものの、結局のところ私も「基本〇〇」を解いて上達してきた経緯があります。

そして今の私は「分からないものを受け入れる心構え」ができています。

「難しい」「分からない」けど、「なるほど」「そういうものか」という感じですね。

囲碁という訳の分からないゲームをやっているわけですから、悩むことなんて日常茶飯事です。

悩みが尽きないゲームであれこれ悩んでいても仕方ありません。

時には立ち止まって原点に立ち返ることも必要でしょう。

しかしもしあなたが上達するのが遅いと感じているなら、迷いを吹っ切りましょう。

「分からんものはわからん!」と開き直れたそのときこそ、止まっていた上達への時が動き出すチャンスかもしれません。

あまり真面目に根を詰め過ぎず、適当にやってみることをお勧めします。

その加減がよい案配になったとき、上達への道筋が開かれることでしょう。