「負けから学ぶ囲碁上達の秘訣とは何か?」について考察していきます。

負けから学ぶ上達の秘訣

失敗から学ぶ

あなたは「負けた碁」から学びを得ていますか?

それとも「勝った碁」から学びを得ていますか?

「成功体験」を積むことは「自己肯定」につながるので、上達するために欠かせない要素の1つです。

もう一方で「失敗から学ぶ」こともたくさんあります。

実は「成功から学ぶ」ことよりも「失敗から学ぶ」ことのほうがはるかに情報量が多いのです。

対局に勝つことで培ってきた学びの成果が立証されます。

勝ちを積み上げることで「これまでの歩みは間違っていなかった」と確信することができます。

しかし、それはあくまで「これまでの」学びに対しての評価に過ぎません。

「これから」学ぶためには「負け」から反省材料を探し出すしかないのです。

「勝ちパターン」を得ることは勝負において、とても強力な武器になります。

ただし得てして「ワンパターン」になりやすく、打ち方が凝り固まってしまうこともあります。

勝ちパターンに比べて、負けパターンは追求しきれないくらい数多く存在します。

「上達できない人」に限って、やり口がいつも「ワンパターン」になっています。

「上達できる人」は常に反省材料を探し出して、失敗するたびに修正を試みています。

決して「あなたの勝ちパターンを捨てる」のではありません。

なるべく「負けないパターン」を探し出すことが上達には必要不可欠なのです。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とはよく言ったものです。

元々は肥前国第9代平戸藩主、松浦清の言葉であり、野村克也氏の座右の銘でもあります。

囲碁の勝負では「敗着」によって、最終的な勝敗が分かれます。

「囲碁に勝着なし、敗着こそ勝負の決め手である」(新・格言 永井武洋)

つまり相手の「失着(ミス)」によって勝負が決まるため、「勝ちパターン」など本当は存在し得ないのです。

もちろん「上手くいった」ことは事実であり、何かしらの要因がなければ上手くいくはずもありません。

100メートル走に例えてみましょう。

あなたは仲間と100メートルを競争します。

あなたは14秒台の好タイムで一番になりました。

あなたの「勝因」とはいったい何だったのでしょうか?

このとき「上手くいった」のは、大前提としてあなたが「つまずかなかった」からです。

100メートル走でつまずいてしまっては、どう転んでも勝つことはできません。

1秒単位でタイムを競っていることも事実ですが、まずは「つまずかない」という最低条件を満たす必要があります。

囲碁の勝敗も似たようなものです。

細かいところは「大同小異」で、どう打っても大差ありません。

あなたの自慢の一手も「どう打っても一局」のうちに過ぎないのです。

しかし「失着(ミス)」は負けに直結してしまいます。

結果的に負けにつながった失着を「敗着」と呼んでいますが、失着の少ない状態こそ「勝ちパターン」と言えるでしょう。

いつも打ち慣れている「ワンパターン」には「間違えにくい」というメリットも含まれています。

意識できないミス

いくら「勝ちパターン」を得たとしても絶対に勝つことなど到底できません。

絶対に勝つとは「ミスしない」ことであり、ミスしないのは人間としてあり得ないことなのです。

そもそも「何が失敗(ミス)か」なんて事前に予知できれば、誰も苦労はしません。

対局の際には誰しも、一手一手を「良かれと思って」打っているに決まっています。

「勝ちたい」気持ちで勝負に臨んでいるわけですから、たとえ適当に打っていたとしてもマイナスになるような打ち方はしません。

「咎められたらアウト」のような打ち方をする場合もありますが、反撃されるのは覚悟の上ですからやはり「良かれと思って」打っています。

「失敗(ミス)」とは事前に予知できないものであり、小さいミスに至ってはその場で認識することすらできません。

「失敗(ミス)」に気づくきっかけとしては「負かされる」のが一番わかりやすいでしょう。

勝ち碁はミスを軽視しがちです。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」とは世の理をよく表したことわざです。

いくら「ひどい碁」を打ったとしても結果が勝ちであれば、後悔することはあっても大して反省することはありません。

勝ちを目指した結果「負けた」なら、「敗因」を知りたいと思うのが人の性というものでしょう。

失敗は成功への第一歩です。

負けを経験するほど、どうやったら「負けないのか」を自然と理解できるようになります。

もちろんたった1回や2回の負けで修正すべき点がわかるはずもありません。

とりあえず10回、できれば50回ほど負けた碁の棋譜(データ)が欲しいところです。

凡ミスであれば気を付けることで改善を図れますが、意識できないミスが囲碁には山ほど存在します。

それに気づくのは容易なことではありません。

また「意識できないミス」を受け入れることも凡人には極めて難しいでしょう。

あなたが子どもの頃、親から「勉強しなさい」と言われたことはありませんか?

「人生の先輩の意見をちゃんと聞きなさい」とは誰にでも言える言葉ですが、素直に聞き入れるのは難しいものです。

誰しも「体感」しないと納得することができません。

実際に「経験」するだけでは不十分です。

なぜなら「意識できないミス」を経験するだけでは、「失敗した」と気づくことができないからです。

自分1人だけで勉強するのは、いずれ限界が訪れるのは目に見えています。

ゴルフやテニスなどのスポーツでもインストラクターに「正しいフォーム」なのか見てもらうでしょう。

囲碁も同じように自分では意識することのできない「失敗(ミス)」を上手い人に見てもらうのが上達への近道になります。

ただしインストラクターの言葉をすべて鵜呑みにしてはいけません。

囲碁はスポーツとは違い、体の動きではなく主に「考え方」を修正していきます。

そのためより正しい考え方を学び、今までの考え方を直していく必要があります。

ところが「考え方」を修正するのは一筋縄ではいきません。

加えて厄介なことに「正しい」という定義も日々更新され続けています。

一例を挙げるなら「カカリにコスミツケは悪手である」という価値観です。

これまでは「常識」とされていましたが、最近のトップレベルの対局では「カカリにコスミツケ」が当たり前のように打たれています。

序盤早々の三々入りが流行っている昨今では、隅の価値が見直されているので当然の成り行きかもしれません。

しかし考え方の基になる「価値観」が見直されてしまっては、知識をアップデートするのが大変です。

時代や人それぞれ価値観が違うのであれば、参考にする棋譜や教わる人をある程度決めてしまったほうが得策でしょう。

夢中になろう!

人に教わるばかりではなく、自分自身で失敗(ミス)を減らすべく反省することが大切です。

対局を見直しながら「なぜここからおかしくなったのか?」というポイントを探せるようになると一気に上達への拍車がかかります。

すぐに気が付くワンポイントのミスではなく、一局の「流れ」を汲み取ることが検討する上でのコツになります。

「検討」をしっかりできない人は伸び悩むのも早く、いつまで経っても上達へのきっかけを得られません。

「そんなこと言っても打つのに精いっぱいで、とても一局を見返すなんてできません」

という方は参考までにこちらをご覧ください。

打ち碁の並べ返しができますか?

検討することができない人は絶対に高段者にはなれないでしょう。

時間を費やせば有段者にはなれるでしょうが、効率が悪くて仕方ありません。

最短、最速で上達を目指すのであれば、負けた碁を逐一「検討する」のがベストです。

自分なりに最善を尽くして負けた碁は上達するのにうってつけの教材になります。

あなた自身のわかる範囲で敗因や失敗したところをくまなく探していきます。

一通り反省したら次の対局に移ります。

勝った碁はサラッと検討するだけで十分でしょう。

勝因はあなたのミスが少なかったのと相手の「失着」ですから、勝ったときは素直に喜んでおきましょう。

ネットではなく、リアルの対局では検討を煙たがられる場面もあるかもしれません。

しかし打つばかりが能になっている人といくら対局したところで、得られるものは少ないと心得てください。

今の時代には「スマホ」がありますから「ちょっと失礼します」と一言断りを入れて、気になる場面を撮影しておくのも良いかと思います。

「死活」などの実戦的に出てくる形(問題)をストックしておけば、後でいくらでも誰かに教えを乞うことができます。

恥ずかしがっていては貴重な上達の機会を自ら逸してしまうだけです。

ネット碁の「勝敗数」をよく見るとわかりますが、対局数がケタ違いに多いにも関わらず級位者の方がいます。

おそらくその方は「対局すること」が目的となっており、「勝つこと」「昇級すること」を目指していません。

囲碁の楽しみ方は人それぞれですから、対局を楽しんでいるのなら結構なことです。

ただ「より楽しむ」ためには「勝つこと」や「昇級・昇段すること」が欠かせません。

「上達しなければならない」のではなく、どうせ打つなら「もっと楽しく」なるように自分自身を盛り上げたいのです。

そのため上達したいと囲碁に「夢中になる」期間というものが誰にでも訪れます。

上達への渇望はちょうど「ダイエット」に似ているかもしれません。

おなか周りや体重を気にしてダイエットしたことのある方も多いでしょう。

減量に成功して理想の体型・体重を手に入れても、維持することは容易ではありません。

それでも頑張って痩せようと努力した方は立派です。

短期的だとしても努力して報われた成果は、ご自身の経験として生涯にわたる財産になります。

一生懸命「痩せよう」という想いは、囲碁を「上達したい」という気持ちと何ら変わりません。

なぜならどちらも「理想の自分」を渇望しているからです。

1つだけ囲碁の上達がダイエットと違うのは「蓄積されたものはなくならない」ことです。

囲碁は感覚のゲームですから、自転車に乗るのと同じように一度習得したことは頭に残ります。

どれだけサボっても、囲碁からずっと遠ざかっていても感覚に落とし込んだことは決して忘れません。

だから安心して勉強に励んでください。

一時の頑張りもすべて「蓄積」されて無駄になることはありません。

そして当然ながら、学ばなければいつまで経っても上達することもありません。

知識はいくらでも蓄えることができますし、学びの教材を新しく仕入れることもできます。

すなわち「負けた碁」の検討です。

負けからいくらでも学びを得ることができて、その教材が尽きることはありません。

「勝ち」と等しく「負け」にも相応の価値があります。

勝利の美酒を嗜むだけではなく、「敗北の苦み」をあなた自身の上達への糧にしましょう。

負けることで「上達へのきっかけ」を掴めると確信したとき、あなたは勝っても負けても「楽しく」碁を打つことができるでしょう。