「第二十三期ドコモ杯女流棋聖戦本戦1回戦仲邑菫初段vs万波奈穂四段」の棋譜解説をしていきます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【十局目】

棋士の引退

仲邑菫初段vs万波奈穂四段の注目の一戦です。

万波四段に勝てるようなら「期待以上」の実力と評価してよいでしょう。

しかし残念ながら、結果はご存知の通り万波四段の中押し勝ちとなっています。

万波四段からは他の棋士よりも「仲邑菫初段には絶対に負けられない」といった気迫が感じ取れます。

ちなみに万波四段は仲邑初段に勝った現時点において「レーティング2940,世界ランキング693位」と高い位置につけています。

また仲邑菫初段は「レーティング2900,世界ランキング753位」となっています。

蛇足ですが、田中智恵子四段は「レーティング2273,世界ランキング1024位」の最下位です。

レーティングや順位の正確性には多少疑問があるものの、大筋では間違っていないでしょう。

※杉内雅男九段や安田泰敏九段など、すでに亡くなっている棋士も含まれています。

囲碁レーティング – Go Ratings(参照元)

仲邑初段の実力にはまだ議論が尽きませんが、もう十分プロ棋士として通用することは証明されています。

しかし大森らん初段(レーティング2957,世界ランキング662位)の評価の高さを考慮すれば、そもそも現院生のほうが下位のプロ棋士よりも高い評価を受けていることになります。

いきなりレーティング2900以上で仲邑初段も大森初段もそれに見合う結果を出していますからね。

対戦データが少ないとはいえ、今はAIに棋士の評価値を出してもらうことは可能です。

現役の棋士たちもこうした現状には当然、気づいているはずでしょう。

これは院生にしてみれば、堪ったものではありません。

推薦枠での入段はさておき、自分たちよりレーティングの低いであろう男性棋士が多くいますからね。

人生をかけてプロを目指しても、同じ狭き門をくぐるのはプロ棋士以上のライバルたちに他なりません。

かといって棋士の人数を大幅に減らすのは、路頭に迷う棋士が続出してしまうでしょう。

まあ、勝てない棋士たちは指導碁や教室の運営、その他イベントへの参加で生計を立てているわけですから、すぐに困ることはないと思われます。

私個人の意見としては「棋士」が「元棋士」になったところで、何ら価値が下がることはないと感じています。

一度プロ棋士になったその実力は生涯にかけてアマチュアに負けることはないですからね。

※元院生やアマ強豪などの「セミプロ」には後れを取るかもしれません。

私が成績の著しくないプロの先生方に引退を提言するのは、あくまでも「トーナメントプロ」としての話です。

「準棋士」や「地方棋士」のような普及に携わる役割を担うことも大切なのではないでしょうか?

はっきり言って、一流棋士や女流棋士のイベント参加への負担は相当のものでしょう。

井山裕太棋聖や仲邑菫初段をイベントに呼ぶのはもう少し控えるべきです。

例えば、トーナメントプロを引退した棋士が代わりに仕事を請け負ってもよいでしょう。

その際、ファンを喜ばせるだけの「話芸」を身につけておけば、イベントに引っ張りだこのはずです。

野球なら引退後は解説者、指導者、タレントなどの道が拓けています。

勿論、タクシーの運転手や他の職業に就く元プロ野球選手も大勢います。

そういう他の世界の事情も参考にしながら、プロ棋士の「セカンドキャリア」を真剣に考える時期に差し掛かっているのかもしれません。

さもなくば、いつまで経っても淘汰されずにいる成績不振の棋士が溢れ返ってしまうでしょう。

英才枠とは将来を期待された棋士を育てる制度だけに「棋士の引退」を示唆する意味合いも含まれているのかもしれません。

布石解説

黒番万波奈穂四段、白番仲邑菫初段です。

菫先生は公式戦において「白番」が多いなという印象を受けます。

この間の「広島アルミ杯・若鯉戦予選」こそ2局とも黒番でしたが、他の対局は大森らん初段戦以外すべて白番を持っています。

「仲邑初段は力が強いから黒番のほうが打ちやすいだろう」という観測には私は異議を唱えます。

力が強いからこそ、黒番での攻めの空振りは致命的となります。

白番だからこそ、ここまで順調に勝ち進んできたのではないでしょうか。

黒1,3は星+小目、白2,4は二連星の立ち上がりです。

黒5手目の三々入りは「時代だな」と感じます。

10年前にこんな打ち方をしていては「ヘボ碁」の烙印を押されていたことでしょう。

現に10年前、私は序盤早々の三々入りを何度も試みていた方を知っています。

その当時、二段だったおじさんはライバルのおじさん相手に懲りずに何度も「単三々入り」を繰り返していました。

私は何度も冗談交じりに「それはないなぁ(笑)」と軽口を叩いていたのですが、まさか流行の型になるとは思いもよりませんでしたね。

いくら研鑽を積んでも、囲碁が解明されることはないのでしょう。

白8の外し方は昔からある手で「先手を取りますよ」という意味合いです。

黒11のサガリを打たないと同点に打たれて部分的に頓死してしまいます。

白12のカカリには黒13のいわゆる「秀策のコスミ」で対抗します。

正確にはこの配石では「秀策のコスミ」とは言いませんが、じっくりした打ち方であることに変わりありません。

秀策の時代にはコミがありませんから、じっくりとコスミを打つのが好手とされていました。

コミが導入されて以来、第一線の棋譜から姿を消していた「秀策のコスミ」が再び打たれるようになったのは感慨深いものがあります。

碁盤の広さが変わらぬ限り、このコスミが悪手とされることはあるまい

この有名な秀策の言葉はもしかしたらコミの予見と碁の進化を見定めていたのかもしれませんね。

黒13のコスミは緩いので、白14の手抜きは当然の一手でしょう。

黒15,17は白石への「壁攻め」を狙っています。

ここがまさに「単三々入り」の肝であり、従来とは違う考え方、価値観になります。

白14のカカリに手を抜かれたので、白16の両ガカリは必然であり、気合いでもあります。

白22では三々入りが無難ですが、ノビコミは「気合いの一手」といったところでしょう。

黒23のオサエに白24とコスンで露骨に右上隅の黒石を狙っています。

黒としてはこじんまり治まっていて、決して悪くありません。

なぜなら黒の石数は左下隅、右下隅において白より勝っており、両ガカリされた右上隅で戦う必然性がないからです。

右上隅の戦いを早々に終わらせて、左下隅や右下隅に向かうのが黒にとっては賢い戦い方でしょう。

黒25のハサミは部分的な急所とはいえ「強情だなぁ」という印象を受けます。

白22,24の攻めも大概ですが、黒25と反発したのも負けん気の強さが着手ににじみ出ています。

2人の棋風を鑑みれば、気合いの応酬、殴り合いになるのは必然なのかもしれません。

とはいえ石数的には白が一手先行していますから、その分だけ打ちやすいのは明白でしょう。

両ガカリの時点で、右上隅・左上隅は白石が1つずつ多く、左下隅・右下隅は黒石が1つずつ多くなっています。

白26,28のツケ引きから競り合いのスタートです。

競り合いとは「お互いに地を作らせない戦い」に他なりません。

相手の石を攻めるのは生きるスペースを奪いながら、地を作らせないためなのです。

お互いに取るべき眼形は奪っていますから、あとは封鎖されないように頭を出していきます。

白44のカケツギ、黒45の飛び出しとなり、ここで競り合いはひと段落です。

ひと段落の見極め方は「一手で囲われない形」かどうかでしょう。

黒45まで、黒石も白石も「2手連打されても囲われない形」をしています。

白46は形の急所です。

黒石の眼形を脅かすのは「黒地を作らせないため」であり、相手の石にプレッシャーを与えながら右下隅の白石を治まるのが狙いでしょう。

単純に白石を生きようとするのは黒からの攻めを喰らってしまい、白地が目減りするだけでなく黒地が付いてしまいます。

白62まで、右辺の黒地を最小限に抑えながら治まることに成功しています。

中盤解説

黒63のツメは必然性の高い一手でしょう。

なぜなら黒45にもう一手入れてこそ、右上隅の石数は白有利となるからです。

白が右下隅の生きに一手費やしたことにより、右上隅~上辺にかけての攻防は黒が「一手有利」の状況となりました。

しかし戦いが右上隅から左上隅に移り変わっていくことで、今度は左上隅の白石が待ち構えています。

黒としては右上隅一帯の攻防から離れたところに一手費やしているという意味では、黒15,17の手入れは「緩着」と言えます。

黒は右上隅を早々に切り上げて、左下隅から全局にかけた戦いを起こすべきだったでしょう。

白64,66と頭を出していくのは競り合いの常とう手段です。

単に生きるのは「白地を作る」だけの作業であり、黒地を減らすのを怠っています。

突破できるときは突破して、黒の包囲網を分断しながら白石を生かすのが得策でしょう。

白68,70は一見して薄い形をしていますが、黒の出切りには一間の隙間を逆に突いたり、黒のグズミからの出切りは黒の形が崩れてしまうので白は対処可能です。

白76は私の目には疑問手に見えます。

たとえハザマを空けても、実戦の「裂かれ形」よりはるかにマシな形に整えることができます。

黒77~87まで、白石を裂かれ形に分断している黒に軍配が上がるのは確かでしょう。

とはいえ左下隅で一手遊んでいる、戦いから離れている黒石のことを考えれば、白はまだ部分的に一本取られただけに過ぎません。

白88は軽妙な一手です。

こういう「軽さ」に仲邑初段のセンスの良さを感じます。

黒89~103まで、右上隅と上辺の黒石を生きてひと段落しています。

白も104のツギで無事に中央を連絡しました。

ここまでは、まあこんなものかなといった印象です。

お互いに競り合うと、どちらの地もできないことが往々にしてあります。

ただし黒としてはこの展開は願ったりでしょう。

下辺の戦場が無傷で丸々残されているため、結果的に白は右上隅で両ガカリした成果を得られませんでした。

黒105への先着は待望の大場です。

白はまだ右上隅~中央にかけての一団に眼がないので、下手に下辺で大暴れすることはできません。

本来なら右上隅を先制攻撃している白が先手を取り、下辺に回る立場だったでしょう。

白106~110まで、白は左上隅を先手で利かしてから白112のカタツキへ向かいました。

黒113,115は冷静な受けです。

白117が利いているので、白石を分断していくのは反撃されるリスクを伴います。

白116のマゲには慌てず騒がず黒117と押し上げて、黒は手厚く打ち進めています。

白118は敗着です。

黒119,121と打たれてしまい、中央の封鎖と下辺の出切りが見合いとなってしまいました。

黒123のハネを喰らっては、もう白に逆転のチャンスは訪れないでしょう。

終盤解説

白124を利かして白126と打ったものの、黒127,129と白二子を抜かれたのは痛すぎます。

白130~136まで、辛くも生きを得るようでは勝負になりません。

黒137の這い込みには白138と頑張りますが、黒139のハネから黒141と打たれるとこちらも最小の生きを強いられます。

白142~158まで、誰がどう見ても辛い生き形でしょう。

しかも黒159,161と「まだコウ残りだ」と追及されたら、もうやってられません。

結局、黒は余裕綽々でコウを争いながら黒177,179の二手連打と換わりました。

このあとの進行は蛇足と言ってよいでしょう。

途中、白190の出に黒191,193と受けて白194の突破を許すほど黒には地合いに余裕があります。

その一事をもってしても、白の形勢が絶望的なのは火を見るより明らかです。

この碁は227手まで、黒番万波奈穂四段の中押し勝ちとなりました。

総評

仲邑初段と万波四段の地力の差が浮き彫りとなった一局ではないでしょうか。

白68は悪手ではないものの、やはり中央の競り合いを重視してタケフに連絡しておくのが何かと手厚いでしょう。

白68,70のような綱渡りの打ち方では、結局のところ自らの首を絞めることになりかねません。

ここら辺は下手にAIのマネをしないほうがよいでしょうね。

あくまでも自分自身の棋風に合った打ち方をしなくては結果が伴わないでしょう。

白68は眼形の足しにはなりますが、中央に一手遅れている分、競り合いでは負けてしまいます。

AIなら臨機応変に対応できそうですが、人間同士の戦いでは「一貫性」を重んじたほうが勝ちやすくなります。

このような考察は結果論でしかありませんが、少なくとも万波四段の圧力に押しきられたことは間違いないでしょう。

一方、白88といった才気の片鱗を感じさせる場面もあったので、まだまだ発展途上なのは確かです。

今後、仲邑初段がどれだけAIの打ち方を取り入れられるのか興味が尽きません。

目先の結果を追い求めるなら、一貫性を持った自分自身の読みの力に頼るべきでしょう。

しかしながら、それでは世界に通用する棋士になれるかどうか微妙なところです。

やはり最先端のテクニックを体得していくストイックさがないと世界で勝ち残るのは厳しいかもしれません。

とはいえ英才特別採用推薦棋士の一年目としては、もう十分納得のいく成果を出せたのではないでしょうか。

あとは日本棋院に所属する棋士全体の問題ですね。

私は棋士の引退制度は実力を担保するためにも必要不可欠ではないかと感じています。

とにかく言えることは、一つの制度の是非を問うたところで全体のバランスを取るのは難しいということでしょう。

1つ1つを個別に議論するのではなく、全体を俯瞰して見ながら判断していきたいものですね。