「第39期女流本因坊戦予選仲邑菫初段vs佃亜紀子五段」の棋譜解説をしていきます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【十二局目】

プロの証

今期の仲邑菫初段の成績はこの対戦を含めて9勝5敗となっています。

あと1勝で通算10勝目を達成することになり、また世間の注目を浴びることになります。

仲邑初段がプロ棋士として通用することはもう十分証明されたのではないでしょうか?

ここまで男性棋士相手に5戦全勝しており、男女の差もまったく感じさせません。

こうなってくるとむしろ「下位の棋士」のあり方が問われてきます。

実は10年前まで、プロ棋士とアマチュアの間には歴然とした差がありました。

プロ試験に落ちた元院生は囲碁からキッパリ身を引いて、その後はアマの大会に出ることもなかったからです。

しかし近年ではアマチュア碁界を元院生が席まきしており、学生囲碁界においてもその傾向が顕著になっています。

一時期「元院生(セミプロ)がアマの大会に出るのはどうなのか」といった議論もされていましたが、もう誰も言わなくなりましたね。

プロでなくとも、仕事をしながら真剣に取り組む人が増えたのは社会的な要因もあるのかもしれません。

社会全体の傾向として、仕事一筋という風潮ではなくなってきています。

収入源は確保しつつも「仕事だけが生きがいじゃない」「もっと自分を輝かせる場所があるはずだ」と思っている方は少なくないでしょう。

さて、そうすると起こるのが「プロレベルのアマチュア」の出現です。

いわゆる「セミプロ」のことですね。

これは囲碁界に限らず、どの業界にも起きている現象ではないでしょうか?

SNSの発展に伴ってモデル並みの美貌、芸能人並みの発信力、影響力を持つ人が世の中に数多く出てきています。

実は専業よりも副業のほうが有利な面があります。

それは「収入が安定している」ことです。

実際に手合だけで食べていける棋士は限られていますから、下位の棋士らは指導碁や教室運営などの副収入に頼らざるを得ません。

「Time is money」「時は金なり」ですから、お金を稼げる方が時間的にも余裕を作りやすくなるものです。

すなわち専業である下位の棋士らよりもサラリーマンのアマチュアのほうが勉強の時間を確保できています。

実際に囲碁で食べていくとなったら、碁の勉強どころではありませんからね。

お笑い芸人として舞台だけで食べていける人は少なく、その多くがアルバイトや会社勤めをしているのが現状です。

それなら安定した職に就いて、お笑いを「副業」としたほうが建設的かもしれません。

結局、実力だけで見たら「真面目に取り組んでいる」人が強いに決まっています。

「プロ試験を通過して食べていくのに精いっぱいな棋士」

「プロ試験に落ちて仕事をしながらも囲碁の勉強を欠かさないアマチュア」

では、いったいどちらが強いのでしょうか?

学校なら「進学クラスの落ちこぼれ」と「普通クラスのトップ」のようなものでしょう。

プロ棋士になったら、囲碁においてその地位は保証されています。

しかし地位の保証はいわば「最低保証」に過ぎないのです。

アマチュアにとっては「最上の高み」でも、プロにとってその地位は「最低ライン」として捉えなければいけません。

ヒカルの碁に出てくる塔矢名人は次のように語っています。

引退した今、強さだけが私のプロとしての証なのですから

下位の棋士らにはもう少し碁打ちとしての気概を見せて欲しいですね。

さもなくば、プロ棋士より強いアマチュアが今後ゴロゴロ現れてしまうでしょう。

自分たちがまさに「プロ棋士の砦」という自覚をもって、棋道に専念していただきたいものです。

布石解説

黒番仲邑菫初段、白番佃亜紀子五段です。

黒1,3,5の星+一間ジマリに対して、白2,4の二連星に構えています。

ここまでは「平成の碁」といった感じです。

しかし白6のツケから途端に「令和の碁」を彷彿とさせています。

とはいえ、このツケは何も特別な打ち方ではありません。

なぜなら小ゲイマジマリにおける「カタツキ」の位置だからです。

小目に対する二間高ガカリ、小ゲイマジマリに対するカタツキは「昭和最強の棋士」である故・呉清源先生が推奨していました。

隅なんてあげても外回りをもらえば大したことないよ、と。

まさしく「言うは易し、行うは難し」といったところでしょうか。

黒17まで、先手で白16のマゲを打っただけで白は何もやっていないように見えます。

白18と一本カカリ、黒19のハサミには白20と悠長に中央をトンでいます。

黒21,23の攻めには白24と攻め返さないと中央の厚みがただの棒石になってしまいます。

黒25~31まで、上下の白石をどう活用していくのか腕の見せ所でしょう。

白32から右辺の黒石を包囲するのは中央が空き過ぎていて、とても囲いきれるようには見えません。

黒33~37まで頭を出していくのに対して、構わず白34~40と中央を止めにかかります。

黒もスッキリ出るのは難しいので、包囲される前に黒41と右辺の白石を攻めに行きました。

白42~48まで、右辺での捌き形を与えた代わりに黒は中央へ出やすくなっています。

黒49,51と中央へ進出しながら上下の白石を分断していきます。

白52の切りは「二目の頭尻尾」と呼ばれる形の急所であり、黒石の断点を突くことにより白石を整形する手助けにもなっています。

黒53のアタリを決めたのは黒55~59まで、要の黒一子を捨てる予定だからです。

アタリが2か所あるときは保留しておくか、あるいは方向性が定まっているなら決めてしまうのがよいでしょう。

白60の切りから、最初に厚みとしていた白数子は捨ててしまう作戦を採っています。

白62,64と押していき、白70のオシも決めて中央の厚みを左辺の戦いへ存分に活かそうとしています。

途中で白66と切ったのは白68のポン抜きとセットになっています。

先に白68とポン抜いてしまうのは、あとから白66のアタリに手を抜かれてしまう可能性があります。

黒69では70とマゲていくか、ケイマにスベリを打つのがAIの推奨だったようですが、打ち手はあくまでも人間ですから参考程度にとどめておくべきでしょう。

白72の一間バサミから戦いは左辺へと移り変わっていきます。

中盤解説

黒73のスベリから黒77のツケまで、黒は左下隅で捌き形を得ます。

白78、黒79は見合いの場所です。

白80,82を利かしたのち、白84と左上隅にシマリを打って黒石を待ち構えています。

黒85の裾ガカリでは、もう一路隅へ寄せたほうが良かったでしょう。

黒99までは部分的な定石ですが、白100のコスミから絡み攻めされると上下の黒石が危うくなります。

黒101は正直どうだったか?

黒113まで左下隅を与える結果になるのであれば、黒69の大ゲイマガカリではワリウチに打ったほうが無難でした。

ここら辺から徐々に黒の雲行きが怪しくなってきます。

白114の三々入りには抵抗できません。

右辺の白がガチガチに生きているので、分断するメリットはまったくありません。

白116に手を抜きたいのは山々ですが、如何せん白からのヨセが厳しいので黒117から黒123の切りまで打たざるを得ないでしょう。

白118は今打つ必然性はないので、恐らく時間つなぎではないでしょうか。

白124と目一杯のツケには黒125と利かしてから黒127の下ハネで応じています。

白128の切り違いには大人しく切った一子を抱えておくのが冷静な判断だったでしょう。

黒129のアテには白130と一本逃げてから白132のアテ返しで黒石の分断を図ります。

白136まで左右の黒石を分断されると白の厚みが攻めに働いてきます。

黒は実利先行の布石だったので、白の厚みを極力働かせないように努めるべきです。

黒137のサガリは生きるために逃せないポイントでしょう。

白138~164まで、方々の黒石に寄り付きながら着実にヨセていきます。

黒としてはこのままヨセられてはじり貧なので、何とか勝負のきっかけを掴みたいところです。

終盤解説

黒165~177まで、白に何とか食らいつこうと必死です。

白178とコウに弾いたのは全局的に手厚く、コウ材豊富と見たのでしょう。

本来なら劣勢の黒からコウを仕掛けたいものですが、黒には利き筋が多くまともにコウを争える状況ではありません。

結局、黒237のオシで白238の解消を許すことになってしまいました。

ここから局面は一気に終息へと向かいます。

黒245のコウ仕掛けは大したことはなく、勝敗への影響もないと見てよいでしょう。

この碁は330手まで、白番佃亜紀子五段の5目半勝ちとなりました。

総評

序盤は仲邑初段のペースかと思われましたが、中盤以降は一転して白が優位に事を運んでいた印象を受けます。

恐らく白100の絡み攻め辺りから黒は主導権を奪われていたので、もう少し左辺への入り方を工夫すべきだったのではないでしょうか?

白の厚みに対して、黒の捌きは少々重かったとも言えます。

それにしても白番の佃五段の打ち回しは堂々としていて、何とも素晴らしかったです。

特に右下一帯を捨て石にして、中央~左辺の攻防にかけた形勢判断はアマチュアには到底及ばないでしょう。

「これぞプロ!」といった見事な一局でした。

仲邑初段としては不本意な内容だったかもしれません。

打っても打っても白の厚みが利いてくる展開は黒にとって非常に厄介なものです。

この碁を研究することで厚みへの理解が深まれば、より一層高い次元へと進化できることでしょう。

いわゆる「寄り付き」の発想ですね。

厚みを攻めだけではなく、ヨセにまで活かせるようになったら本物です。

これは仲邑初段のみならず、多くのアマチュアにとっての課題でもあります。

佃五段が中押し勝ちせず、目数で勝ったというのがこの碁のミソでしょう。

序盤から中央に進めていた石たちを上手く厚みとしてまとめ上げ、最後まで活かしきれた本局は白の名局でした。

仲邑菫初段の快進撃を止めた佃亜紀子五段には今後ともますます頑張っていただきたいですね。

有望な若手の壁役となってこそ、先輩棋士の威厳を内外に知らしめることができます。

プロ棋士はアマチュアと真剣勝負をする機会がないわけですから、プロ同士の勝負においてその存在意義を示すしかありません。

「強さこそプロとしての証」と胸を張って言えるような結果を残してもらいたいものです。

勿論、菫先生のこれからの活躍にも大いに期待しています。