
「第4回パンダネットレディース囲碁トーナメント決勝」の棋譜解説をしていきます。
布石解説
仲邑菫さんの白番です。
黒5のシマリは新小林流と呼ばれている戦法です。
白6は黒のシマリの背中に剣先を向けるよい方向です。
黒9までは穏当な布石になっています。
白10のツケは近年の常とう手段です。生きた黒石をさらに固めて重複させてしまおうという着想になります。
白14のケイマに黒15のナラビは少々固さがあって布石としては面白い手とは言えません。
右下隅の黒地を重複させて凝り形にさせたい白の思惑通りになってしまいます。
黒番のほうもそんなことは百も承知で打っていますが、決勝戦のプレッシャーがかかっているのは当然考慮すべきでしょう。
白16はずいぶんとのびのびした打ち方です。白の打つ手には固さがまったく感じられません。
黒17のカタツキもよくある消し方ですが、布石の段階で慌てて打つようなところではありません。
黒も堂々とカカリ・シマリ・ヒラキなど布石を推し進めて行くことで、逆に白16の中央へのトビを「一に空き隅、二にカカリ、三にシマリ」の基本から外してしまうことがよい咎めになります。
黒19と消されると凡人なら打つ手に困りますが、仲邑菫さんは違います。
なんとここで白20のボウシです。正直この手には驚かされました。
布石といえど黒が仕掛けてきたので、部分的にはお互いに下辺で一戦交える中盤の構えです。
しかし具体的にどこに打つのか難しいところで、黒17,19の踏み込みも白に適当な応手がないとみて打ったはずです。
ところが白20が絶好の返し技になりました。
打たれてみるとなるほど、と思っても凡人には到底思いつかない才能あふれる一手です。
今度は黒のほうが適当な手を見つけられないので、割と常識的な黒21の二間ビラキを選びました。
前提として右下隅の白二子はいつでも捨てて構わない状況です。
白としては右下隅の黒の確定地からいくら黒地が増えようと問題ありません。
むしろ黒地を亀みたいにちまちま増やしていくなら、広いほうへ白石を兎のようにぴょんぴょん伸ばしていくだけのことです。
白22のカケは当然のことながらよいカケでした。黒も右下隅の白二子を取りに行くわけにはいきません。
白22~26まで黒石を分断して、中央の白石を攻めに働かせます。
下辺で戦いが起こると中央で待ち構えている白石がピカピカに光ってきます。
黒27~31は中央の白石を分断して、右下隅の白石を大きくまとめて攻めようという意味合いです。
次に白32といったん種石と連絡したのが上手い。黒33のアテには白34と頭を叩いて黒35と取らせます。
一連の手順はなかなか憎い打ち方であり、白は石の筋や形の急所を知り尽くしています。
白32の戻りに黒34と反発するのは割り込まれて、黒石を陣笠・空き三角の愚形にされてしまいます。
黒33とアテると今度は白34と二目の頭を叩いて、白36のノビでウッテガエシを睨みながら白石の断点を守ります。
一連の手順は黒石のダメヅマリをよく見ており、黒も抵抗する手立てがありませんからしぶしぶ白の読み筋に従うほかないでしょう。
黒37と白二子を取る手を打たせることになっては、下辺の戦いは白に分が上がります。
右下隅の黒の確定地から序盤早々さらに確定地を増やしても黒にメリットが少ないと判断します。
中央の白の厚みの働き次第で、この碁の優劣が決まるでしょう。
白38,40は布石のやり直しです。黒41のトビは明らかに中央の白の厚みを意識しています。
白42といっぱいに詰める手は躊躇しません。中央の白の厚みがいつでも戦いへの援軍になってくれます。
黒43と踏み込めるのは下辺のが黒石が右下隅とつながって生きているためです。
黒55まで連絡に不自由しません。白が分断してくれば、左下隅へ変化するだけです。
黒石を厳しく攻めることができないとはいえ、白44の分断から黒55と連絡させたのは好判断でした。
結局、右下隅の確定地から白二子を取って下辺の黒石とつながり、さらに左下隅の黒石ともつながりました。
つまり一か所の黒地からまた黒地を作って、さらに黒地を増やしたわけです。
囲碁では盤面全体のトータルでどちらの地が多いかが勝負となります。
一か所で地を作れば、もう一か所はできるだけ離れたところに地を作るのがバランスの良い着想です。
白56,58と盤上となって盤面全体を見渡してみると重複した白地は見当たりません。
むしろ白石が伸びやかな分、最終的にできる白地に期待が持てます。
対して、黒地は現段階で確定地が多い印象です。
まだまだ先の長い勝負において、確定地というのは自分の財産を相手にさらけ出しているようなものです。
右下隅、左辺、右上隅の黒地はすべて計算できます。白地は下辺~左下隅以外はまだ確定していません。
囲碁は最後に地の多いほうが勝ちというゲームですから、先に手の内を晒すのはリスクがあると考えたほうがよいでしょう。
中盤解説
上辺~中央にかけて広がる白模様に対して、黒59のコスミから動いたのは慎重な打ち方です。
本来ならドカンと打ち込む手も考えられるはずですが、それなら白は中央の厚みが活きて黒を一方的に攻め立てることができます。
白60のコスミツケに対して、黒61の棒ツギも慎重さの表れでしょう。
しかし慎重に打つというのは打つ手を制約されていることに他なりません。
つまり間接的に中央の白の厚みが黒への脅威として働いているわけです。
白62のオサエに黒63のツケコシで上辺のどこかは黒地になりそうです。
問題はどこを白は頑張るかという点ですが、白64~78まで左上隅の白地を確保しました。
白58のボウシを打って中央を止めたので、てっきり上辺~中央の白模様を重視するのかと思っていました。
しかし黒79以降の変化で、白は上辺を黒に与える代わりに右上隅に潜り込みました。
白100手まで盤上全体のバランスは白地が優れているのがわかります。
黒は上辺~右辺につながっている黒地がまたしてもダブっています。
囲碁は生きている石からどれだけ強くなっても凝り形の地になるだけです。
白116まで白の自慢は強い石がダブらずに盤上にバランスよく配置されていることでしょう。
白58のボウシでは上辺~中央への白模様を白地にしようと考えていたのではなく、単に石の強弱のバランスを良くしようと考えて打っていたのかもしれません。
強くし過ぎず(ダブらせずに)弱くし過ぎず(取らせてもよい)ちょうどよい石のバランスを整えていけば自然と効率のよい地ができる理想形です。
中央の白石が強いので、相対的に右辺の空間はマグサ場になっています。
仮に黒から打って黒地になるのなら、黒が右辺を囲っている間に自然と中央に白地ができます。
つまり右辺と中央の勢力同士がお互いに力を消し合って、右辺~中央にかけてどちらか一方が大きな地を作ることはできません。
白116までの形勢は白よしです。黒は一仕事しなくてはとても勝てないでしょう。
黒117が左辺の白石を狙ったよい攻めです。ところが白118~132までサラサラかわして白134と白が右辺に先着しました。
実は黒117と景気よく白を攻めているようで、左辺の黒石と左下の黒石はまだはっきりと生きていません。
白130、白132のツギは連絡しながら「黒にも弱点がありますよ」と言っています。
攻めているはずの黒が最後は黒133の連絡を余儀なくされ、貴重な先手を白に与えてしまいました。
右辺に白へ先着されると黒はますます勝ち目が薄くなっています。
終盤解説
白134は様子見の利かしです。黒が受けてくれれば、右下隅の黒地はさらに重複してしまいます。
そういうわけにも行かないので、黒135の反発は必然です。白136のハネに黒137のヒキは仕方がありません。
白138と打たれては、右辺に黒地ができるイメージが湧きません。
もし右辺に黒地ができるのであれば、フリカワリで中央に白地ができるのは必至です。
黒は白石に食らいついて何とか中央の白地を阻止しようとしてきます。
黒が白石を攻めるにしても、中央の白の厚みが白へ有利に働きます。
白が黒石を攻めるとしても、中央の白の厚みが白へ有利に働きます。
序盤に下辺の攻防で得た白の厚みは最後まで盤上全体へ向けてピカピカに光っています。
黒141以降は黒が石の戦いにおいても、また地の囲い合いにおいても不利な戦況になっています。
白168手まで、白番仲邑菫さんの中押し勝ちです。
最後の黒は投げ場を求めるような打ち方になっていました。
総評
白にとって序盤の攻防が特に光る一局でした。
白16のトビ、白20のボウシは常人にはなかなか打てません。
素人が打つとどうしてもアバウトな攻めになってしまいがちですが、仲邑菫さんはしっかりと読みの裏付けを取って打っている印象です。
白32~36までの一連の流れは美しささえ感じます。
黒にしてみればせっかく黒15と力を溜めて打っていたのに、黒37と愚形で白二子を取らされる羽目になっては黒15の一子が完全に不要な一手になってしまいました。
相手に無駄な手を打たせることも、相対的に自分の手をまっすぐ綺麗にさせるために必要なことです。
白56,58と白の手がぐんぐん伸びていく様子が見ていて気持ち良い気分になります。
石をのびのびと打つときに必ず読みの裏付けを取っているのが仲邑菫さんの強みです。
今後、プロ棋士としてどこまで成長するのか楽しみで仕方ありません。
ぜひ仲邑菫さんのプロ棋士としての対局を観てみたいものです。
その折はまた皆さんに棋譜解説させていただきます。