「新初段シリーズ記念対局仲邑菫初段vs黒嘉嘉七段」の棋譜解説をしていきます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【三局目】

布石解説

黒番仲邑菫さん、白番黒嘉嘉七段のコミなし定先の手合いです。

通常の新初段シリーズでは「逆コミ6目半」や「2子」という手合い割りですが、今回は仲邑菫さんの実力と今後の期待を評価しての「定先」という手合い割りでしょう。

黒1,3の星+小目に白2,4の二連星で対抗します。

ここまではアマチュアでも真似できますが、ここからは第一人者(プロ)としての独創性が求められます。

黒5のシマリは小目へのカカリを誘っています。

白6のカカリには黒7と受けておいて、白8には黒9のコスミツケから黒11とハサミます。

もし白8で大人しく右下隅から右辺に三間ビラキするのであれば、黒9では左下隅にカカリを打つくらいのものです。

白としてはやはり「コミなし」というハンデを意識して打たなくてはいけません。

悠長に構えていて勝てる相手ではないと思っている証拠でしょう。

黒11のハサミは右上隅の白二子と右下隅の白一子のどちらに寄せるのか迷います。

「ハサミ」とは辺において相手に二間ビラキする余地を与えない手のことです。

黒11と右下隅の白一子を三間バサミにしました。これで右辺は「中国流」の構えに戻っています。

手順を入れ替えてみましょう。黒5手目で右下隅の小目から「5間ビラキ」して中国流に構えます。

それから白が右下隅、右上隅にカカリを打っていったのと変わりません。

白12の二間ビラキに黒13とコスミツケて、これで基本的な中国流の攻め方とほとんど同じ形になりました。

唯一違うのは、黒は右下隅の白一子に手がかかり過ぎているという点でしょう。

本来であれば、黒の5間ビラキ(中国流)に白がカカッて黒のコスミツケには白一子を立つはずです。

それから黒が下辺にケイマ受けして白二子の攻めを継続するというのが、よく見る中国流の攻め方になります。

黒13のコスミツケには白15のノビを省いて白14と一間にヒラキました。

コスミツケに対して白が立たなかったので「敵の急所は我が急所」と言わんばかりに黒15とハネましたが、これは黒がやや打ち過ぎでしょう。

中国流の構えに白が内側からカカリを打つ場合では、黒7のケイマ受けがないからこそ黒のコスミツケに白が立つ意味があるのです。

すでに黒7のケイマがある実戦では白一子を立ったところで、右下隅の黒石に対する狙いがありません。

そこで白は右下隅のカカリの一子を「軽く」見て、右辺の黒一子を挟んだのです。

囲碁において「軽く」という言葉は「捨てても良い」という意味になります。

逆に「重い」という言葉は「捨てることができない」という意味です。

黒15のハネに白16とフクラミ、黒17のアテには白18とコウに弾いて白一子を黒19と抜かせました。

カカリの白一子は「軽い」ので黒に抜かせても構いませんし、コウなら「死にがい」があってなおさら結構なことです。

先に黒7のケイマ受けがなければ、白16のフクラミに黒はノビることができます。

しかし実戦のタイミングでは黒石が重複してしまうのでノビることができません。

黒19のコウ抜きには白20のコウ材を利かして、白22と抜き返します。

黒の泣きどころは最初のケイマ受けが邪魔をして、ノビを打ちづらいところです。

「初碁にコウなし」(序盤にはコウ材がない)のため、仕方なく黒23と二段バネしました。

白24のハネ返しは気持ちのよいところです。黒25のコウ抜きに白26とツグ調子も付きます。

ここまで、やはり黒7のケイマに受けた黒一子の位置が中途半端になっています。

黒15では何もせず黒27のコスミ、または左下隅にカカッているほうが自然でしょう。

黒15~白26まで交換してしまったため、黒27のコスミに白28とボウシされてしまいました。

黒29の押しに白30の三々入りは外側の白石を捌くための囮(おとり)です。

黒は無視してこのタイミングで黒43とツケて頭を出すのが好手になります。

白30は様子見の一手であるため「軽い」のです。

黒はいずれにしても軽い白一子を取りに行ってはいけません。

まずは右辺の黒石と右下の白石を競り合うべきであり、右辺の黒石を厚くしてから今度こそ右上隅に手を入れて右辺の白石を攻めるべきなのです。

黒31~39まで黒の動きには固さが見て取れます。緊張しているのか、それとも固く打っても十分と見ているのでしょうか。

白40と封鎖して指導碁の感覚であれば、白はだいぶ「こなせるな」と感じていることでしょう。

黒41のハネに白42とお付き合いしたのは「少し緩んであげているのかな?」と思ってしまう場面です。

白42では白44にコスンで右下隅の白石と連絡しながら右辺の黒石を完全に封鎖してしまう一手でしょう。

右辺の黒石は封鎖されても生きることはできます。

しかし黒が生きるためには、打ちたくない手を打たざるを得ません。

今すぐ黒41にハネる必然性もなかったことから、白42は「空気を読んだ」お付き合いだったと考えるのが妥当でしょう。

黒43が本命の捌きの筋です。白44のハネダシ、白46のノビは半ば必然です。

白44で「ツケにはハネよ」といってハネるのは「ハザマ」の弱点ができますし、白46とノビなければ黒にアタリから「裂かれ形」にされてしまいます。

「ハザマ」と「裂かれ形」については「アタリ」と同等に読み筋の中に入れておかなければいけません。

黒47は疑問手です。白48では白53にフクラミを打っておけば、右辺の黒石を潰すことができます。

もちろん白48も「二目の頭尻尾」の急所であり、白は右辺の黒石を取りに行ってよいのかどうかといった判断もあるのでここは一長一短でしょう。

黒47では黒51と抱えて白一子を取りに行くほうが勝ります。

実戦よりも明らかにスマートな変化になる上に、白と違ってハンデをもらっている黒は右下の白石を取れればぐっと勝ちに近づきます。

詳しい変化については、各自で検討してみてください。

【碁盤の「≡」設定から「Edit mode」をチェックすることで「検討」することができます】

黒49とハネて右下の白石を封鎖しながら黒石の整形を目指します。

白50のツケは「タケフの急所」であり、黒石の形を崩しながら大きく封鎖する狙いです。

白50~54まで右辺の黒石の進出を止めることができました。

とはいえ黒55と切られては右下の白石の進出も止まってしまいます。

攻め合いは白が不利であり、捨て石にするのもハンデを背負っている白には打ちづらい選択肢です。

そこで白56~68まで黒石の断点を突きながら、右下の白石を捌く方針を取りました。

途中の白64のソイに黒65の守りは必至です。

黒65で黒71を急ぐと黒二子をアタリにして「シチョウ」からの「追い落とし」で取ることができます。

白68の切りに黒の種石はそれぞれダメが2手しかないので、黒69~73まで利かして整形するしかありません。

黒75とシチョウに抱えて、白76のハネを先手で利かして黒77の抜きまでやっと一連の戦いがひと段落しました。

右辺の黒石と右下の白石がお互いに頭を出して、2眼を確保して治まっています。

ここまでのワカレは黒に分が上がります。

なぜなら右辺の白石がまだ生きていないからです。

白にはハンデ戦という枷が付いているので、安易に「捨て石」を選択するわけにはいきません。

もちろん序盤のカカリの一子などという小さな捨て石はいつでも使えますが、大きな捨て石になると局面をわかりやすくしてしまうマイナスもあります。

プロ棋士にとって6目半とはアマチュアが想像する以上に大きなハンデということです。

皆さんにとっては「4子局」を想定するとわかりやすいと思います。

4子局のハンデ戦で大石を捨てることがはたして簡単にできるでしょうか。

捨て石によって得られる成果よりも、局面をわかりやすくしてしまうマイナス面のほうが上手にとって不利に働くかもしれません。

ハンデ戦とは単純に下手のミスだけではなく、上手の選択肢の狭さも勝負に大きく影響しているのです。

中盤解説

先手を得た白は左上隅を白78とシマリました。

強い右上隅の黒石に近づかないようにしつつも、まだ生きていない右辺の白石を間接的に援護しています。

白81と左下隅にシマリを打つのは黒78のカカリから、黒は右辺の白石を攻める調子で上辺の黒模様を拡大してくるでしょう。

白78と上辺に向けてシマリを打つのであれば、黒79のマゲを一本利かして黒81と左下隅にカカリを打ちます。

白82の一間バサミに黒83と左上隅に裾ガカリを打ちました。

黒としては部分的に終局している右下隅から離れて打つのが得策です。

黒は左下隅のカカリの一子から中央に向けて一間トビするのは右下方面に近づいていて良くありません。

またカカリの一子から三々入りして、白の遮りに対して定石の手順通りに下辺に向けて一間トビするのも同じことです。

そこで黒は先に価値の高い(形が決まっていない)左上隅に裾ガカリしましたが、黒83ではなくもう一路深く黒84と打っているほうがよかったでしょう。

黒83の裾ガカリに白84~102まで定石ですが、これでは右下隅から一番遠い(価値のある)左上隅を白に取られてしまいました。

左上隅の形が決まったので、今度は左辺の価値が高くなります。

黒103の一間トビは左辺を意識したものであり、白104のトビサガリも左下隅を守りながら左辺を意識しています。

白が下辺に向けて受けないのは、前述のとおり右下隅に近づきたくないからです。

※生きている石は実質「終局」しているため、その周辺の価値も下がる。

黒105のツギ(ノゾキ)には白106~110まで上下の連絡を見合いにして対処します。

黒111と二線のワタリを防げば、白112~116まで利かして白118と受けます。

もし黒112のツギなら、白は左下隅から二線にツケて左辺を渡ります。

二線の下ツケと白112は見合いのように感じますが、実は黒117のツギが緩着なのです。

黒117では白118と受ける前に左下隅の白二子を攻めるべきタイミングです。

白が大人しく受けるのであれば、それから黒117のツギに戻ります。

白117と切ってくるのであれば、黒はアテを一本利かして左下隅の白石を取りに行きます。

左下隅の黒地と左辺の白地のフリカワリになりますが、このワカレは黒に悪い話ではありません。

すでに生きている(終局している)左上隅からさらに左辺に白地を作っても大したことないでしょう。

それよりも生きているほかの3隅から一番遠い(価値のある)左下隅を取れるほうが黒にとっては有難いのです。

左辺方面はもともと白の勢力圏とはいえ、左上隅と左下隅の両方を取られた黒に不満の残るワカレとなりました。

仕方がないので、黒119,121と右辺の白石を分断して攻める狙いを決行しました。

白120の一線のサガリが来ると右下隅の黒石は白先黒死となっています。

白123とツグのは黒122と打たれて、右辺の白石をまとめて攻められてしまいます。

そこで白122と先に中央を逃げ出しておいて、次に白123のツギと白124のオキを見合いにします。

黒123の切りなら白124のオキで、黒が白数子を取る代わりに白も右下隅の黒石を殺しました。

このフリカワリは明らかに白のほうが得をしています。

冷静に目算すれば、大人なら誰にでもわかります。

右下隅の黒石は生きれば「4目」の黒地が付きます。

そして右下隅の黒石を殺すと「25目」白地が増えます。

つまり右下隅における黒地と白地の出入りは「29目」になります。

一方、右辺の白石を連絡しても白地は「0目」です。

そして右辺の白石を分断すると「20目」程度の黒地が増えます。

右辺の目算は白二子の処遇を考慮しなければならないので、とてもややこしい計算になります。

さらに白石を連絡した場合、右上隅のヨセが残るのでそれも考慮すると白が「4目」得します。

つまり右辺における白地と黒地の出入りは「24目」程度になります。

右辺の白石を連絡しても眼形に関係のない「尻尾」ですから、このフリカワリは純粋に「地」だけの問題です。

白122に対して黒から生きるか切るかの選択権があったわけですから、黒は完全に選択を誤りました。

大人の特にプロ棋士であれば、このような簡単な計算を間違えるわけがありません。

しかし仲邑菫さんはプロ入りする今年の4月でまだ10歳(0か月)です。

おそらく目算のような分野が一番苦手であり、勉強が行き届いていないとしても仕方ありません。

世の中には5,6歳で六段の棋力を持つ子もいますが、その子たちが目算(計算)をできているとはとても思えません。

実際に3歳くらいの子だと整地になった場合に勝っているのか負けているのか判断することができません。

囲碁は大人も子供も関係なく対等に勝負できる稀有な競技ですが、こと目算だけは唯一大人が子供に明確に勝る分野でしょう。

フリカワリによって黒は「5目」ほど損をしてしまいました。

これでコミなし(6目半有利)のハンデが吹き飛んでしまったので、ここからは互先のつもりで戦わなくてはいけません。

もとより中邑さんはそのつもりでしょうが、黒嘉嘉七段にハンデのプレッシャーがなくなったことが大きいのです。

終盤解説

黒125と中央を止めながら浮いた白石を攻めに向かいます。

白126,128には黒127,129と調子で上辺を囲っていきます。

白130の切りは様子見です。

黒131のツギを打たずに黒141と浮いた白石の攻めを継続していれば、黒にもまだ勝つチャンスがありました。

白130は様子見と言いましたが、「黒が手を抜けるかどうか」を試した手でもあります。

白130~136を先手で利かして、重くなった黒三子を白138と攻めるのでは白に出来過ぎな展開でしょう。

そして黒139,141と連絡している間に白144まで中央の白石がつながって強くなっては、黒としては大いに不満です。

白130の切り(アタリ)に無視して中央(右側)の浮いている白石に寄り付くことで、勝負の行方は混とんとしたはずです。

白130の切りは欲張りな利かしです。それを分かった上で、あえて良い勝負にしようと打った可能性があります。

黒131~137まで黒は白の利かしに見事に嵌まってしまったので、白138~144まで形勢の差がさらに広がってしまいました。

黒145~149まで、中央に黒地を作ろうとしています。

白150,152は絶対の利き筋です。白154とオサエて中央の白石を完全に生きました。

黒155~167まで中央の黒地を着実に付けていきますが、頑張って囲ってもそれほど大きな地とは言えないでしょう。

白144の時点で、左辺と中央(右側)にはある程度の黒地ができています。

それを踏まえて中央に出来た黒地は見た目ほど大きくありません。

白168,170の切り取りから本格的に大ヨセに入りました。

大ヨセと言ってもめぼしい場所はほとんど残っていないので、実質的には小ヨセと考えてよいでしょう。

つまりここから先に逆転のチャンスはなく、残る見どころは終局までに何目差になるのかだけです。

このあと細かいヨセを順当に打っていった結果、228手まで白番黒嘉嘉七段の中押し勝ちとなりました。

総評

ヨセに入ってから、すでに黒には勝ち目がありませんでした。

それでも作り碁にできるように、最後まで丁寧にヨセていきました。

しかし投了の場面では白との差が10目以上開いており、整地まで行くことはできませんでした。

台湾の一流棋士に対して一歩も引けを取らず、よく善戦していたと思います。

ただ少し「指導碁」のような雰囲気も白の着手から感じました。

白42,130はいずれも緩着です。

他の手はまだしもこの2手だけは明らかに上手が下手を「正着」に誘導するような作意があります。

仲邑菫さんの実力は本物です。試験対局を行った張栩九段を始めとして皆が認めています。

しかしながら、真剣勝負とは経験を積まなければ勝てない部分が多くあります。

例えば、石を切り結んでの戦いになれば仲邑さんは相当強いことは間違いないでしょう。

それでは下手な戦いを起こさず、布石からヨセに入るような碁形にした場合はどうなるでしょうか。

布石の良し悪しは経験によって判断するしかありませんから、あらゆる布石を経験している棋士のほうが明らかに有利でしょう。

またヨセも勉強の積み重ねによって差がつく分野であり、「このヨセは何目」というのを暗記している棋士のほうが明らかに有利でしょう。

中邑さんの中盤力、読みの力は他のプロ棋士に劣らないどころか、すでに凌駕している可能性があります。

とはいえ、囲碁の棋力はあくまでも「総合力」で決まります。

中邑さんに限らず、若い子は総じて読みの力がすごいことは周知の事実です。

ところが経験豊富な大人相手に力を出し切れずに負けることなどよくあります。

腕力だけではどうにもならない「経験」がモノをいう展開に導けばよいのです。

仲邑菫さんが今後活躍していくのは、まず間違いありません。

しかしそれは今すぐという話ではなく、おそらく4年後くらいになるでしょう。

それまではプロの環境で揉まれつつ、着実に力を付けていけばよいのではないでしょうか。

間違っても「客寄せパンダ」のような扱いをして、大事な才能(芽)を潰さないように気を付けてもらいたいものです。

仲邑菫さんの棋士人生は始まったばかりですから、周りの都合で過度な期待をせずにこれからも温かく見守っていきましょう。

いずれ様々な記録を打ち破り、さらに更新し続けることができるかもしれません。

そして日本国内のみならず、世界タイトルを獲得する日が来るのも決して夢ではありません。

そんな未来への希望を紡ぐ若者たちが、これからますます増えていくことを期待しています。

10年後の囲碁界がどうなっているのか、待ち遠しい日々を楽しく過ごしていきましょう!