「第29期竜星戦予選B仲邑菫初段vs大森らん初段」の棋譜解説をしていきます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【六局目】

採用棋士

黒番仲邑菫初段、白番大森らん初段のプロ初手合いの対局です。

大森らん初段は「女流特別採用推薦棋士」として、仲邑菫初段と同じく今年新入団を果たしています。

平成31年度における新入段者の【氏名】【所属】【年齢】【出身】【成績】は以下の通りになります。

1,武井太心 本院 16歳 東京都 夏季採用4月~6月の院生研修総合成績1位

2,辻 華  本院 18歳 東京都 女流特別採用推薦棋士

3,五藤眞奈 本院 16歳 東京都 女流特別採用推薦棋士

4,森 智咲 本院 15歳 東京都 女流特別採用推薦棋士

5,大森らん 関西総本部 16歳 広島県 女流特別採用推薦棋士

6,豊田裕仁 本院 19歳 東京都 冬季棋士採用試験1位

7,福岡航太朗 本院 12歳 東京都 冬季棋士採用試験2位

8,池本遼太 関西総本部 17歳 広島県 関西総本部院生研修リーグ総合成績1位

9,寺田柊汰 中部総本部 21歳 石川県 中部総本部採用試験本戦1位

10,仲邑 菫 関西総本部 9歳 大阪府 英才特別採用推薦棋士

11,高雄茉莉 中部総本部 17歳 愛知県 女流特別採用推薦棋士

12,羽根彩夏 中部総本部 16歳 愛知県 女流特別採用推薦棋士

13,上野梨紗 本院 12歳 東京都 女流棋士特別採用試験1位7勝1敗

※敬称略 (入段決定時の年齢、入段決定順)

これらを見ても分かる通り、「推薦棋士」として入段した棋士が過半数に上ります。

実は「女流特別採用推薦棋士」というのは「英才特別採用推薦棋士」と同様に平成31年度から導入された制度です。

導入の経緯について、日本棋院副理事長(当時)の小林覚九段は次のように語っています。

「才能ある女性が増えたのに、棋士になれず去っていくのが惜しまれる現状がある」

「実力がある人は早くプロにして鍛え、世界を目指したい」

私としては特に否定も肯定もしませんが、それにしても「女流を囲い過ぎだな」という印象を受けます。

世界で戦う棋士を育てるのに、男性棋士よりも女流棋士のほうが現実的であるという見方は確かにその通りです。

しかし仲邑菫さんはともかくとして、世界で活躍できる女流棋士を本気で育てようとしているのか甚だ疑問でしょう。

プロになるハードルを下げることで、プロ棋士全体の質を落とすことになりかねません。

そもそも「推薦棋士」というのが、おかしな話です。

単純に「女流棋士特別採用試験(女流試験)」の枠を増やせばよいだけのことです。

今まで年に1名だった「女流枠」を「推薦棋士」として+6名も増やすのはやり過ぎでしょう。

もちろん採用に関しては「若干名」という但し書き付きですが、逆に言うと何名でも採用できるというわけです。

私の目にはメディア対策としての採用にしか見えません。

イベントや指導碁の需要なども女流棋士のほうが圧倒的に多いですから、囲碁界を盛り上げようとする意図は明らかでしょう。

中韓のトップ棋士に勝てない以上、これらの施策は致し方ないのかもしれません。

しかし女流の「アイドル化」を目指そうとしても、やはりプロ棋士としての結果が伴わなくては世間からの注目は集められません。

この施策が上手くいき囲碁界が盛り上がるのであれば歓迎しますが、現実は厳しそうです。

序盤解説

黒1,3,5の布石は「ミニ中国流」を目指しています。

ミニ中国流は比較的「勝ちやすい」布石であるため、白6とカカリ返して邪魔するのは当然の対策でしょう。

白8の一間トビから白10のハサミは「下辺を堂々と戦いますよ」という打ち方になります。

対して黒11の両ガカリは「かわす」打ち方であり、白18まで下辺一帯は白の勢力となっています。

ここで黒19と動き出したのは不可解です。

白20のハサミから白26まで、石の調子で封鎖されると下辺の黒石は「捌く」しかありません。

黒27,29のツケ切りは「苦肉の策」といったところでしょう。

白30,32と黒一子を「裂かれ形」にすることで、白は序盤早々から手厚く打ちやすい碁形になっています。

黒33のマゲを決め、黒35と抱えて下辺は一応ひと段落しています。

右下隅の白二子が弱そうに見えますが、中央への脱出(オシ)と隅への捌き(三々ツケ)が見合いであり心配いりません。

先手を得た白は左下隅の黒石を脅かしながら打ち進めていきます。

白36のサガリ~白40まで、まだ左下隅の黒石にははっきり生きているわけではありません。

白はアテコミからコスミツケて「放り込み(コウ)」の筋を狙います。

黒は黙ってツグしかありませんが、左下隅にはどうあれ「1眼」しかできません。

つまり今後、左下隅の黒石は中央から若干の「利き筋が残っている」ということになります。

黒41の三々入りはこの碁形では「疑問手」と言わざるを得ません。

確かに左辺が白の「地模様」である以上、このタイミングでの三々入りはある意味セオリーと言ってよいでしょう。

しかし白54までの出来上がり図(定石)を見てみると、白をさらに手厚くしただけで黒は何もしていません。

これなら黒41の三々入りではなく、左上隅の星へ上辺からカカリを打ったほうが勝ります。

その場合、白はサガリ(鉄柱)で隅を守りますが、実戦よりも黒石の位置が高くかつ白石に接していない分だけ余裕があります。

もしくは何も打たずに右下隅へ先行するのも1つの選択肢だったでしょう。

実戦は「二線」の位置にある黒石が多く、序盤から眼形を確保するようでは地合いで後れを取ってしまいます。

中盤解説

黒55のコスミツケから白二子を脅かすのは当然の狙いでしょう。

問題はどの程度、攻めが利くのかといったところです。

白56のハネを利かして、白58,60と押して中央へ頭を出していきます。

黒61のハネは気合いの一手です。

ノビていれば冷静ですが、少しでも白石にプレッシャーを与えようとしています。

白62のアタリを利かし、白64,66と切ったのは気合いの反発です。

黒67のノビには白68,70を利かして、白72のヒラキを打ちます。

ここで黒73と打ったのが「失着」となりました。

一見して当然の一手のようですが、実はそうではありません。

白74と換わって、中央の黒二子が弱体化してしまいます。

もう一度、これまでのストーリーを思い出してみてください。

黒55のコスミツケから「右下隅の白石」を攻める予定だったはずです。

そして黒61のハネではノビが冷静でしたが、より明確に白石に利くように厳しく頭を押さえに行きました。

白64,66の切りでは、右下隅の白石を中央へと連絡しておくのが無難でしょう。

それなら黒は右下隅の白石を攻めた調子で、右辺を囲うことができます。

しかし白64~72まで、白は切りから黒の右辺への展開を邪魔してきました。

ここまでのストーリーは理解できましたか?

端的に言うと「黒は右下隅の白石を攻めながら、調子で右辺を囲う」というのが大筋の流れになります。

白が右辺を邪魔してきた以上、黒は右下隅の白石を一貫して攻めなければならない場面でした。

右下隅の白石を攻めるにあたり、黒73と白74の交換は大きなマイナスとなります。

というより中央から右辺の二間ビラキに利かすことで、右下隅の白石を「御用」にすることもできます。

黒R-10(17-十)、白S-10(18-十)、黒Q-10(16-十)、白S-12(18-八)、黒N-6(13-十四)、白O-7(14-十三)、黒N-8(13-十二)

【碁盤の「」設定から「Displaycoordinates」をチェックすることで「座標」が出てきます】

【碁盤の「≡」設定から「Edit mode」をチェックすることで「検討」することができます】

白O-7(14-十三)では黒N-8(13-十二)で捕まってしまうので、白N-7(13-十三)にツケることになります。

そうなれば、黒M-6(12-十四)、白O-8(14-十二)、黒N-10(13-十)と攻めを継続するまでのことです。

※細かい変化は各自でご検討ください。

黒73、白74を交換してから黒は一気に精彩を欠き、瞬く間に苦しくなってしまいます。

黒75のフクラミは「時すでに遅し」であり、白76,78と綺麗に連絡されてしまいました。

余計な交換さえしなければ、白76には黒78とボウシすることができます。

黒79~85まで、黒が景気よく攻めているように見えます。

しかし実際は形勢が芳しくないので、無理やり拳をブンブン振り回しているだけでしょう。

黒87には白88と冷静に手を抜かれ、攻め返されています。

ならばと黒89,91に出切りますが、白92のぶつかりで白は生きています。

黒93~97まで、あたかも右上隅~上辺の黒地が大きそうですが、黒にはまだ致命的な弱点が残っています。

白98,100が決定打となり、黒はみすみす中央の黒数子を取られてしまいます。

無論、黒は出切りを見落としていたわけではなく、苦しい形勢の中でどうすることもできなかったと推察されます。

やはり序盤の下辺を始め、左上隅や右下隅の打ち方も少々「薄い」と言わざるを得ないでしょう。

右下隅に関しては「中央」から利かす方向もあったので、黒55では黒58と打ったほうが結果的にはよかったのかもしれません。

まだ100手しか進んでいないため、ここから挽回は難しくとも打たなくてはならないのがプロ棋士の辛い立場です。

終盤解説

黒101~123まで、中央の黒数子を捨て石にして上辺の勢力を塗り固めています。

黒111は疑問手です。

手数を伸ばす意図とはいえ、捨て石の手順に黒111と白112の交換は必要ありません。

「内と外」の交換で取られてしまうのは、黒にとって致命的な大損になっています。

黒125~133まで利かせば、次に出切って下辺の白数子を取り込むことができます。

しかし黒は序盤の薄みを未だに抱えたままなのです。

白102~124まで、中央に白石が来たことによって左下隅の黒石が危うくなっています。

左下隅にはアテコミからコスミツケて「放り込み(コウ)」の筋がありますから、1眼しか確保できていません。

結局のところ中央へもう1眼作る必要があるので、黒135が生きるために欠かせない一手になります。

白136のカケツギには黒139の連絡が必須でしょう。

ここで白は悠々と白140のツギに手を戻しています。

黒141のワタリは致し方ありません。

白142と右上隅にツケて、いよいよ白は黒に引導を渡しに行きました。

右上隅には利き筋が多く、白からいろいろなヨセの手段があります。

その中でも白142のツケは一番深々と入った「最強手」と言えるでしょう。

もはや黒に為す術は残されていません。

白144を利かして白146にハネると黒石の弱点が浮き彫りとなります。

黒147は最強の抵抗です。

黒149の棒ツギでは白N-15(13-五)に打たれてしまい、黒一子を逃げ出すことができません。

言うまでもなく、逃げ出すと調子で右上隅の白二子と連絡されてしまいます。

白148~164まで、右上隅~上辺の黒地を根こそぎ荒らされてしまっては勝負ありです。

黒165以降は完全な「蛇足」でしょう。

いわゆる「投げ場」というものであり、視聴者(アマチュア)のために分かりやすく投了図を作っています。

この碁は174手まで、白番大森らん初段の中押し勝ちとなりました。

総評

最終的には地合いで「大差」が付いてしまったものの、内容としては決して悪くありません。

黒は勝機を見い出せないからこそ途中から無理をしたのであって、微差の負けに持ち込むことも十分可能だったでしょう。

しかし黒に勝つチャンスがあったかというと、そうではありません。

下辺の戦いで形勢を損なってから、ずっと白が主導権を握る展開でした。

一見して黒が調子よく打っているような場面でも、白は慌てず騒がず冷静に対処しています。

黒73のタイミングこそ、黒が主導権を握る唯一無二のチャンスだったでしょう。

半目に凌ぎを削るプロ棋士のレベルにおいて、この碁は白の「完封勝ち」と称すべきです。

アマチュアでは「惜しい内容」でも、プロでは「いいところなし」と評されても文句は言えません。

下馬評では大森らん初段が苦戦するだろうと予想されていましたが、蓋を開けてみれば逆に力の差を見せつけた結果となりました。

これまで仲邑菫初段の棋譜を見てきた感想としては「アマ以上プロ未満」といったところでしょうか。

院生上位、アマトップレベルの実力は見て取れますが、いかんせん経験不足の感は否めません。

だからこそ、早くにプロ入りさせて経験を多く積ませるというのが「英才特別採用推薦棋士」制度の狙いというわけです。

とはいえ、思ったよりも手合いが少ないのが気がかりですね。

肝心の手合いよりもイベントへの参加のほうが多くなってしまっては、制度自体を疑問視する声が出てきても何らおかしくありません。

仲邑菫初段や大森らん初段を含め、今年度の新入段は女流棋士が8名もいます。

昨年度までは正棋士採用試験の他に「女流棋士特別採用試験」枠の1名だけでしたから、今年度がいかに異例だったのかを物語っています。

正直、プロ入りがゴールの棋士を採用しても日本碁界に未来はありません。

ましてや実力で勝ち取った入段ならまだしも、推薦枠で入段したからにはそれなりの「期待」を背負うことになります。

ちなみに正棋士と特別採用棋士では、給与や対局料に格差が生じます。

一般的な「受験」の感覚としては一般採用よりもスポーツ等の推薦のほうが優遇されるイメージですが、そうではないようです。

とはいえ棋戦には正棋士と同じように参加できますし、公式戦の成績によっては正棋士に昇格することもできます。

私の個人的な意見としては、割安で人材を囲い込むのはあまり望ましくありません。

それこそ将来に期待をかける有望な棋士であれば、正棋士より厚遇してもよいのではないでしょうか?

多くのプロ棋士が手合いのみでは食べていけず、副業(イベント参加や指導碁、教室経営など)によって生計を立てている現状があります。

せっかくこれだけ女流棋士を採用しても、数年後には世界と戦うどころか生計と戦うことになっているのではないかと不安になります。

女流棋士は需要がある分、食うに困らないからこそ世界と戦う人一倍のストイックさが求められるでしょう。

いずれにしてもプロ棋士である以上は「結果を残す」しかありません。

正棋士も特別採用棋士も盤上では同じ「プロ棋士」としての立場は変わりありません。

「勝てば官軍負ければ賊軍」の言葉通り、是非とも新入段した棋士の先生方には頑張っていただきたいものです。