「第二十三期ドコモ杯女流棋聖戦予選B仲邑菫初段vs田中智恵子四段」の棋譜解説をしていきます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【七局目】

プロ初勝利

仲邑菫初段の公式戦2戦目は田中智恵子四段との対局です。

「公式戦には夢百合杯のような国際棋戦は含まれないのか?」

という疑問はさておき、菫初段の真の実力はいったいどれほどのものなのでしょうか?

囲碁は「相対的な」ゲームですから、菫初段の実力を推し測るにはちょうどよいライバルの存在が欠かせません。

トップ棋士と戦っても本来の力は出し切れませんし、アマチュア相手では本気を出すまでもないでしょう。

アマチュアに限らず、プロであっても拮抗した実力差であれば勝負の流れが二転三転します。

もしくは形勢互角のまま、つばぜり合いを続けるような難しい碁形になります。

今回はニュース速報でいち早く結果を知った方も多いのではないでしょうか。

「仲邑菫初段、最年少プロ初勝利」との見出しは一般紙を始め、スポーツ新聞の一面も飾りました。

内容としては「結果的には一方的だった」と言って差し支えないでしょう。

すでにご存じの方もいるかもしれませんが、田中智恵子四段の「失着」によって形勢が一気に傾いてしまいます。

正直、碁の内容としては「分かりやすい=単調」といった印象です。

それまで優勢に進めていた田中四段の失着(敗着)から菫初段の打ちやすい碁形に様変わりしています。

このような内容では、菫初段の真の実力を推し測ることなど到底できません。

石がぶつかってから形勢が二転三転、あるいは互角のつばぜり合いになってこそ碁打ちとしての真価が問われるのです。

布石解説

黒番田中智恵子四段、白番仲邑菫初段です。

黒1,3,5の構えはいわば「今風」といった感じでしょう。

白2,4の二連星はどちらかというと「柔の構え」という雰囲気があります。

星は小目と違い、三々が空いている分「地に寛容な打ち方」になります。

白としては隅を一手で済ませておいて、黒の布陣を割っていく作戦でしょう。

白6のカカリ~白10のヒラキまで、二連星に構えた「白の注文」です。

とはいえ黒も白のカカリは百も承知ですから、黒7~11まで「実利先行」の作戦と見てよいでしょう。

もうこの時点で、お互いの主張に住み分けができています。

白は「地に寛容な打ち方」をしており、黒は「実利先行の打ち方」をしています。

つまり白模様vs黒実利の構図はお互いに納得済みというわけです。

白12のコスミツケは「悪手」でしょう。

部分的にはある形ですが、この碁形では中央にノビを打たせてはいけません。

黒の両小目に対して、白は二連星を選択した時点で実利にこだわるのは後れを取ります。

先番の黒に同じ碁形で対抗するのは、後手番の白としては得策ではありません。

※模様vs模様、実利vs実利という構図は白が必ず一手遅れます。

白14の一間受け、黒15の低い三間ビラキを見てもお互いに「模様vs実利」で勝負しようとしているのは明らかでしょう。

白16は手止まりの大場です。

いわゆる「1に空き隅、2にカカリ、3にシマリ」という格言の通りになります。

お互いに空き隅を占めたのち、黒は右上隅のシマリと左上隅のカカリへ打っています。

それに対して白は右下隅のカカリと左下隅のシマリを打ち、とりあえず隅の攻防はひと段落といったところでしょう。

黒17は右下の白石に詰め寄りながら「シマリの両翼」を広げている好手です。

ここで白18とツケたのは「様子見」ですが、軽い利かしではなく「重い利かし」と言えます。

三々、あるいは二線にツケるのは「捨ててもよい」軽い利かしになりますが、四線のツケは軽々しく捨てられない位置となります。

もっとも黒が三々に受けてくれるなら「内と外の交換」ということで、ツケた石を「利かし」と見ることができます。

黒がそれ以外のアクションを起こすなら、今度は三々を狙いにして打ち進めていきます。

いずれにしても、そのまま取り込まれてはいけません。

実戦は黒19,21に対して、隅の白二子を「利かし」と見ています。

要するに右上隅は白から「生き残り」というわけですが、黒が取り込むために一手戻すのもバカになりません。

白22~26まで、右上隅の生きを残しながら黒模様の拡大をけん制しています。

一見して気の利いた打ち方のようですが、得てして両方打つのは周囲が薄くなる心配があります。

黒27の踏み込みは黒に弱い石がないからこそできる芸当でしょう。

右上隅が不確定であれば、黒27の一子を標的にしてなだれ込む算段をつけられます。

ただ黒一子を攻めるにしても白12、黒13の交換が余計です。

黒としては白が序盤早々にいろいろ固めてくれたからこそ、堂々と白の布陣へ迫ることができます。

白28は我慢の一手です。

むやみに黒石を攻めても上辺~右上隅にかけて強固な黒の地模様を崩すのは至難の技でしょう。

白30も同じく、右上隅を固めた代償を払っています。

右辺は黒から出切りが残っており、白石の弱点を解消しなくては打つ手を著しく制限されてしまいます。

単純に守るのは芸がないと見て、白30~38まで5線を押しきって中央に厚みを蓄えています。

囲碁の格言に「二線は敗線、四線は勝線」の言葉があります。

その意味するところは「二線を這ったら負ける、四線を這えたら勝てる」というものです。

恐らく菫初段は囲碁の格言など知らないと思います。

またそうでなくては超一流にはなれません。

格言とは「まあだいたいそうなるよね、経験上」といった不確かなものであり、プロ棋士ならむしろ「定石なんて知らない」「オレ(私)の打つ手が定石だ!」くらいでちょうどよいのです。

※これも「名人に定石なし」の格言です。

とはいえ格言も定石も「8割方」正しいと考えてよいでしょう。

アマチュアの皆さんは「格言通り・定石通り」打ったほうが無難かもしれません。

その都度、状況に適した手を打つのは級位者はもとより有段者であっても困難を極めます。

ちなみにこの碁形で黒に四線を囲わせるのは良くありません。

白が中央の厚みを攻めに活かすには、辺を基盤とした白模様かもしくは標的となる黒石がなくてはいけません。

まさか中央を大きく囲うのは現実的ではないでしょう。

「厚みを囲うな」の格言通り、隅や辺を基盤としていない中央を囲っても大した地にはなりません。

ところが白はその「まさか」をやってきました。

白40の切りから白44を利かし、白46と中央からツケを打っています。

白48~52まで、何とも大胆な中央作戦はまるで「小宇宙流」のようです。

しかし黒にしてみれば、まったくもって「恐るるに足らず」といったところでしょう。

白が中央の地を囲うのは基本的に「後手」であり、黒から「入りますよ」の先手ヨセがいくらでも利いてしまいます。

黒53,55とノゾキからサガリを打ち、左上隅の白地へ飛び込むヨセを狙っています。

黒としてはこのまま布石から大ヨセに突入してしまう展開が理想的です。

中央の白模様が黒にとって魅力的でない限り、黒は紛れをもたらすような消しは一切してきません。

白に残された望みは左辺の黒二子への寄り付きのみとなっています。

中盤解説

左辺の黒二子に対して、眼を奪うのはのはほとんど「取りかけ」に近いでしょう。

取れたら勝ち、取り損ねたら中央へ逃げられた分だけ損して負けとなります。

しかしここで短気を起こすようでは、プロとして先が思いやられるというものです。

形勢が悪いときほど、慌てず騒がずじっくり打ち進めてチャンスをじっと待ちます。

黒55のサガリが来たことにより、左上隅の眼形を不安視して白56とこちらからボウシしました。

とにかく白としては手厚く打ち進めながら黒のミスを待つしかありません。

黒57,59には白58,60と強引に中央を囲いにいきます。

黒61はあえて言うなら「耳の急所」の位置になりますが、ここまで来てこういう薄い打ち方をすべきではないでしょう。

左辺の黒石との「絡み攻めをしてください」と言っているようなものです。

勿論、黒はただ消しているだけではなく、上辺の白数子への攻めを狙いながら打っています。

とはいえ優勢である黒の打ち方ではありません。

プレッシャーをかけるなら、黒は左下隅の白二子に狙いをつけます。

左下隅はまだ「裾」が空いているので、足元をすくって眼を奪うことは容易です。

ただし先に打つのは左辺の黒三子が薄くなるため、中央の白模様へ「入りますよ」と利かして手厚くしてから打つとよいでしょう。

白62,64と一本だけ利かして、ここは我慢して打っています。

後の展開を考えれば、ここで白は「味を占めた」と言っても過言ではありません。

本来ならリスクヘッジしながら、できる限り「正確な目算」を行うべきところです。

プロとしてより正確な目算ができなければ、それはもはやアマチュアと何ら変わりありません。

特に菫初段のようなまだ「算数」を習っている小学生との差は歴然としています。

半コウは「3分の1目」という計算方法をご存知でしょうか?

「絶対計算」と呼ばれる手法であり、一手の価値を「分数単位」で割り出します。

プロ棋士のスキルとして必須ではありませんが、少なくとも「正確な形勢判断(目算)」は必要不可欠でしょう。

そこら辺をどんぶり勘定でやっているのなら、それはプロでやっていく資質を疑われても仕方ありません。

黒65と白66の交換は「味消し」であり、せっかく左下隅に残されていた弱点をみすみす白に守らせています。

こういう決め方をするときは「勝ち筋が見えているとき」に他なりません。

つまり目算ができているということです。

しかしあろうことか黒67と連絡形を無視して白模様に踏み込んでいきました。

白68には黒69を利かしたのち、黒71,73とノビて入っていきます。

これはさすがに優勢を意識した打ち方ではありません。

黒の打ち方を見ていると「足りない」と感じているのは明白でしょう。

もし優勢と見ながら踏み込んでいるとしたら、あまりにも菫初段を舐めています。

ここから黒の打ち方はどんどん「雑」になっていきます。

ただ今までの打ち方が丁寧だったかというとそうでもありません。

布石は白の打ち方に合わせて打っており、ここまでは「白が勝手に損をしてくれた」というのが真相でしょう。

黒から主体的に打った手というのは、実はそれほど多くないのです。

白16と隅の手止まりを打ったところから数えるとよく分かります。

黒17のツメ、黒27の打ち込み、黒57の一間トビ、黒59の大ゲイマくらいしか見当たりません。

その次に打ったのは黒61,65,67の「疑問手3連発」です。

ここに至るまで、黒はアマチュアでも打てそうな無難な打ち方をして凌いできました。

勿論、相手が転んでくれるのなら最も分かりやすい手で勝つのは理想的でしょう。

とはいえそれも「正確な目算」ができていればこそ成り立ちます。

局面はここから急展開を迎えています。

終盤解説

白74の反撃が厳しく、黒は一転して窮地に陥ります。

まあ、菫初段でなくともここは反撃して当たり前のところでしょう。

そうでなくては何のために中央へ力を注いできたのか分かりませんからね。

ただこの局面はいろいろなことが微妙でした。

黒75,77の出切りから黒79のカケまで、逆に白の薄みを突いていきます。

白は下手に動くと取られてしまうので、細心の注意が必要になります。

白80は自身をダメヅマリに導く「大悪手」に他なりません。

黒81の後、白82,84には黒83,85と白のダメヅマリを咎めていきます。

そしてここから「曰く付き」の件(くだん)の場面を迎えます。

白86のアタリ(切り)に対して、黒はあろうことか「手抜き」で応じています。

思わず「アタリに手抜き!?しまった、中央が先だったか・・・!」というヒカルの碁のセリフを思い出してしまいました。

ちなみにヒカルの碁ではアタリに手抜きが正着でしたが、この碁では黒87の手抜きが「敗着」となっています。

白88と抜かれたのがどれほど問題だったのかというと、黒がノビた場合との差を見てみれば分かります。

白86のアタリには

黒88、白F-10(6-十)、黒E-10(5-十)、白E-11(5-九)、黒K-9(10-十一)、白F-11(6-九)、黒G-14(7-六)

まで一本道です。

そして次に黒E-13(5-七)のツケ一閃により、白のダンゴ石はあえなく御用となります。

また黒K-12(10-八)のツケも残っており、今度は上辺の白数子を召し取ることができます。

すなわち黒88のノビから黒G-14(7-六)のツギまで、左右の白石を取る手が見合いとなっています。

【碁盤の「」設定から「Displaycoordinates」をチェックすることで「座標」が出てきます】

【碁盤の「≡」設定から「Edit mode」をチェックすることで「検討」することができます】

※詳しい変化は各自でご検討ください。

この勝負を決める大事なノビを逃して「ポン抜き」されたのは、プロ棋士として悔やんでも悔やみきれない気持ちでしょう。

白88以降、ここから白の猛反撃が始まります。

黒87,89と中央を二手連打しても、白からまだ「出」が残っています。

白K-9(10-十一)が残されている以上、中央の黒石は捌き形とはとても言えません。

その上中央のみならず、左辺の黒石まで脅かされてしまってはもう黒に勝ち目はありません。

白90~94と順序よく、左辺の黒石の眼形を奪っていきます。

白96は惜しくもチャンスを逃しています。

黒97~101まで連絡して、黒は何とか危機を脱することができました。

白96では白97と打つのが正着でしょう。

左辺の黒石を分断すれば、黒に眼形を作るスペースは残されていません。

先ほどまで一発KOされる立場だった白ですが、窮地を凌ぐことにより立場が逆転してしまうのはよくあることです。

白は左辺を潰すチャンスを逃した一方、今度は中央の黒石に襲い掛かります。

白102,104が強烈な攻め筋であり、白106~112まで完全にトドメを刺しに向かっています。

一転して守勢に回らざるを得なくなった黒にもはや抗う術は残されていません。

コウ争いになれば、中央を手厚く打ち回していた白が圧倒的に有利になります。

黒117とあっさり妥協したにもかかわらず、黒119には白120とさらなる追い打ちをかけられます。

白122の抜きに再度コウを譲ったものの、白126まで中央の黒石はあっけなく全滅してしまいました。

黒129以降は蛇足です。

将棋で言うところの「最後のお願い」であり、囲碁用語では「投げ場を求める」と言います。

この碁は146手まで、白番仲邑菫初段の中押し勝ちとなりました。

総評

この碁の焦点はまさしく「黒87の手抜き」に他なりません。

白88のポン抜きを許さず、黒88のノビから一本道の読み筋で白石を取れていました。

では、なぜ田中智恵子四段は勝負の分かれ目である「ノビ」を打たなかったのでしょうか?

予想できる展開としては次のようなものでしょう。

・失念していた(ポカ・見損じの類)

・読み切れていなかった

・八百長(菫初段を勝たせようとした)

この中で一番可能性が高いのは「読めていなかった」という選択肢です。

これらはどれも数パーセント以上の可能性があり、安易に決めつけるのは避けるべきでしょう。

しかしこの碁の内容から察するに田中四段はプロ棋士としてもう引退すべき実力なのではないかと感じます。

布石~中盤にかけては菫初段の自滅により優勢を築いていましたが、中終盤の石運びを見るとアマチュアのそれと大差ありません。

勝つためには「大局観(形勢判断・目算)」と読みが必要不可欠ですが、どちらも今一つ精彩に欠けていると言わざるを得ないでしょう。

ちなみに右上隅の白二子は序盤こそ生き残りでしたが、白が中央を囲いに行った時点でほぼ取られています。

黒59を利かしたのと同じように「中央を囲わせる」打ち方をすれば、周囲の黒石を厚くすることができました。

碁の流れを見ていくと、一手一手どういう心境で打たれたのか推察するのは難しくありません。

白88のポン抜きを許したのも、その数手前から「苦しい」と感じていたからに他なりません。

白80と自らダメヅマリにするような悪手を打たなければ、どのみち黒は捌きに苦慮していたはずです。

白80では単に白82の切りを打つのが筋のよい好手になります。

中央の白三子をダメヅマリに導けない以上、連絡を絶たれた黒石の捌きはままなりません。

そういう苦しい状況にあって、千載一遇のチャンスを最悪の形で逃してしまうのは勝負の常でしょう。

いずれにしても菫初段のほうが棋士として勝っていたというのが一番しっくりきます。

ただ菫初段にとって今回の手合は「役不足」だったと言わざるを得ません。

これまで「力不足」の対局ばかりでしたが、ようやくプロ初勝利を飾ることができました。

とはいえ、やはりもっと「拮抗した勝負」を見てみたいものです。

余談ですが、私は棋譜解説に「AI解析」を一切使いません。

なぜならそんなものは人を推し測る上で何の役にも立たないからです。

碁は「流れ」が大切です。

技術的なこともさることながら、心理的な移ろいを感じてこそ鑑賞に値すると考えています。

「AIの評価値はこうなっています」と一部分を切り取ったところで、勝負の本質は見えてきません。

囲碁は「手談」と言われるようにお互いの意思疎通によって成り立っています。

囲碁は「最善の一手」を求めるゲームではありません。

相手の主張を聞きながら、どう自分の主張を通していくのかという「高度な戦略のゲーム」なのです。

一局のポイントを押さえるのも大事ですが、それ以上に流れを汲み取る意識を持ちましょう。

そうすれば短絡的に答えを求めずとも、自然な流れによって打ち碁の本質を見極めることができます。