「第二十三期ドコモ杯女流棋聖戦予選A仲邑菫初段vs金賢貞四段」の棋譜解説をしていきます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【八局目】

制度の見直し

仲邑菫初段の公式戦2勝目となる一戦は金賢貞四段との対局です。

金賢貞四段は韓国出身であり、棋風は「乱戦」を得意としています。

本来、菫初段は戦いを得意としており、布石やヨセなど経験が物を言う分野はまだまだ発展途上と言えます。

勿論、囲碁は総合力ですから、読みだけで勝てるわけではありません。

しかし将来の期待値が高いのは「読みの深さ」であることは疑いの余地がないでしょう。

プロ試験は心理面や運も含めた「総合力」が試されます。

だからこそ、プロ試験を通過してプロとなった棋士はある程度「完成」されています。

いわば、プロ野球のドラフトで言うところの「大学野球」や「社会人野球」を経てプロ入りした即戦力といったところでしょう。

それに比べて、仲邑菫さんは「高校野球」からプロ入りした新人に他なりません。

下手したら、有望なシニア(中学野球)からスカウトしたようなものです。

150キロのストレートを投げる中学生がいたら、スカウトしたくなるのも無理はないでしょう。

たとえ総合力で高校野球や大学、社会人野球の選手に劣っていたとしても、年齢的な伸びしろも期待できます。

囲碁のプロ試験は「テスト入団」であり、今回の採用推薦は「ドラフト」に値するのではないでしょうか。

アマチュア競技である「甲子園」や「オリンピック」とは違い、プロ競技は負けてもすぐ次のチャンスがあります。

アマチュア競技において「現時点の実力」が問われるのは当然のことです。

なぜなら「負けたら終わり」というケースが非常に多いからです。

対して、プロ競技は「将来を見据えた育成」に関して考えなくてはなりません。

これは「引退」を余儀なくされるプロスポーツでは、必ず直面する問題でしょう。

ここら辺が囲碁界の「疎い」ところではないでしょうか?

囲碁の棋士には「引退を余儀なくされる」ことがありません。

自ら身を引かない限り、死ぬまで現役を続けられます。

「生涯一棋士」として邁進するのは素晴らしいのですが、実力が伴わなければ意味がないでしょう。

私の意見としては「院生上位」または「プロ試験上位」の成績者と「プロ下位」の棋士の入れ替えをすべきではないかと思います。

無論、直接対決させて決めるのもよいかもしれません。

いずれにしても、菫初段のような将来有望な人材と年配棋士との「血の入れ替え」は必須と考えています。

あと「推薦採用」した棋士が「一般採用」棋士より、手合い料や序列の待遇が悪いのはいかがなものでしょうか。

普通に考えて欲しいから取った、つまりスカウトして取った選手のほうが待遇面がよいのは当然でしょう。

時代に合わせて現制度をいろいろ見直すのは、決して悪いことではありません。

仲邑菫さん個人だけではなく、これから新制度の運用にも注目していきたいですね。

布石解説

黒番金賢貞(キムヒョンジョン)四段、白番仲邑菫初段です。

黒1,3,5の星+一間ジマリに対して、白2,4と星+小目に打っています。

白6ですぐにシマリを打つのは、黒模様の拡大を許してしまい得策ではありません。

実戦の「単三々入り」は白16のワリウチまで、黒模様の拡大をけん制するのが狙いです。

白6のとき単純に白16へワリウチするのと何が違うのでしょうか?

まさにこの点こそ「単三々入り」の目的であり、この碁の決着にもかかわる重要なポイントになります。

白の三々入りの目的は「星の黒石の眼を奪う」ことに他なりません。

ここがAI(AlphaGo)の登場により、一番人間の価値観を変えたところでしょう。

黒7~15まで築いた黒の壁を「厚み」ではなく「薄み」として、チャンスがあれば攻めてしまおうというわけです。

囲碁における石の強弱とは「相対的なもの」ですから、絶対的な厚みとは「生きた石」しかありません。

右上隅の壁は今のところ「厚み」と評価して差し支えありませんが、周りに白石がくるとたちまち「薄み」となってしまいます。

黒17のカカリは右下隅のシマリを中心に広げていこうという作戦です。

対して白18の三間バサミは「よい案配」でしょう。

次に右下隅のシマリへ詰めながら二間ビラキする余地を残しています。

黒19の両ガカリから25まで、いたって普通の打ち方と言えます。

しかし右上隅の「単三々入り」と左下隅の「両ガカリから三々入り」は状況がまったく違います。

どちらの三々入りが優れているか、あなたは分かりますか?

そうです、実は「単三々入り」のほうが優れているのです。

その理由まで答えられたら、三々入りの是非を判断する力があります。

囲碁の「良し悪し」を判断する方法の1つとして「石の強弱」があります。

石の強弱とはすなわち「眼があるかどうか」に他なりません。

右上隅と左下隅を見比べてみてください。

どちらの厚みも「後手」で作られています。

三々入りした右上隅の白、および左下隅の黒は先手で切り上げています。

よって先手・後手による優劣はありません。

では、どちらの厚みの「眼形」が豊富でしょうか?

右上隅の黒石は眼形の乏しい「棒石」と言えます。

左下隅の白石は眼形が豊富な「生き石」と言えるでしょう。

実はカカリと三々入りは相性がそれほど良くありません。

なぜなら必ず「分断する手」が残るからです。

黒19で両ガカリせず三々入りすれば、分断されるのは必至でしょう。

すると二線のハネツギを打ってカカリの一子を捨て石にせざるを得ません。

同じ三々入りでも外の厚みに「眼を与えるかどうか」は中盤戦において大差になります。

実戦は白26の切りまで定石とはいえ、白石にはっきりと眼形を与えてしまったのはマイナスでした。

左下隅に不安がなくなることで下辺の白一子が軽くなり、白は右辺の捌きに集中できます。

黒27では左上隅のカカリへ先行するのがよいでしょう。

黒27,29の攻めに白30と手を抜いてシマリに先着したのは白の自慢です。

これで右辺の白石を攻めきれなければ、黒は地合いで大きく後れを取ってしまいます。

ただし攻めきるとはいっても、右辺の白石を丸ごと取ることはできません。

右辺の白石に窮屈な生きを強いたのち、中央の厚みを活かして下辺の白一子を攻める展開が理想的でしょう。

先に黒31と下辺を詰めたのは「気のない一手」です。

左下隅の白石が厚いので、今すぐ下辺の白一子を存分に攻める手立てはありません。

手を抜かれるのが関の山でしょう。

白32のツケはよい感覚です。

黒の対応を見ながら、利き筋を増やしていこうという腹づもりです。

右下隅に利き筋が増えてしまっては、右辺の白石を攻めるどころではなくなります。

黒33の反発は「気合いの一手」です。

白が右下隅を連打するなら、黒は右辺の白二子を取りにいきます。

まあフリカワリがどちらに功を奏するのか、その辺りは冷静に分析してみないと分かりません。

その点の計算能力が菫初段にあるのかどうかは少し懐疑的です。

だってまだ小学4年生ですからね。

フリカワリは計算が付き物ですから、菫初段より金賢貞四段のほうが形勢判断が正確かもしれません。

実戦は白34と動き出して、右辺の捌きが焦点となっています。

中盤解説

33,34の地点は「見合い」となっています。

白34のツケに黒35のハネ、白36のノビに黒37のノビコミを打つのは部分的な定形となります。

白38のタケフに黒39のコスミも外の包囲網を破られないためにはこの一手でしょう。

白40のオサエは次に黒石の断点を狙っています。

黒41,43のハネツギに白44とアタリを打ったのは妥協を一切許さない態度を示しています。

つまり「右辺の白石を生きるために損するのは嫌ですよ」というわけです。

黒45,47の踏み込みは一見厳しそうですが、よく見ると薄さが目立ちます。

大石を生きようとして地を損したり、相手の薄みを見逃すようでは強くなれません。

弱い立場のときほど「反撃」を考えながら、相手の薄みを突いていく鋭さが求められます。

白48,50の筋から白の反撃が始まります。

攻められている立場にもかかわらず、反撃を試みるのは要領を得ないかもしれません。

しかしこういう状況は「置き碁」ではよく起こります。

すなわち下手が攻めているはずなのに、いつの間にか上手に反撃されているという事態です。

「攻撃は最大の防御」とはよく言ったもので、守りに徹すればよいというものではありません。

白52のツケから54の切り筋は級位者のみならず、有段者でもドキッとする場面ではないでしょうか。

黒55の逃げ出しには白P-6(15-十四)とアテてから、黒O-7(14-十三)、白O-8(14-十二)とツグのがよいでしょう。

黒N-7(13-十三)のオサエに白M-7(12-十三)と切れば、順序よくアタリにして黒の包囲網が崩壊します。

【碁盤の「」設定から「Displaycoordinates」をチェックすることで「座標」が出てきます】

【碁盤の「≡」設定から「Edit mode」をチェックすることで「検討」することができます】

白56の切りから打つのは、黒57のアタリが先手になってしまいます。

実戦は黒61まで、とりあえず白石の封鎖に成功しました。

とはいえ白石を取ることはできません。

黒石には利き筋が多く、白から打てば最低限の生きは保証されています。

ただ先ほども申し上げたように「生きるだけ」では、捌きとしては物足りないでしょう。

常にプラスαを求めてこそ、プロたり得るというものです。

白62のコスミは「タダでは生きない」という菫初段の厳しさをうかがわせます。

黒はひとまず攻めを中断して、黒63のカケツギに打ち利き筋を1つ減らしました。

白64のマゲは大局的な絶好点となっています。

右辺の白石を捌いたのち左辺が次の戦場になりますから、中央のマゲは左辺の攻防における必争点となります。

黒はこのままでは地合いでまったく勝負になりません。

左上隅のシマリ、右下隅のツケ、中央のマゲと良いところを全部白に打たれています。

黒65は白の眼を奪う必死の抵抗です。

しかし白66と遮られてしまっては黒の薄みばかりが目立ち、とても白石を取れるような格好ではないでしょう。

白石を取るには黒67とコウに弾くしかありませんが、このコウは白にとって全然怖くありません。

白にはいわゆる「傍コウ」が多いため、コウに負ける心配をしなくてもよいのです。

黒69,71のコウ抜きにはいったん白72とツイでおきます。

黒がツイでコウを解消しても、白には「セキ生き」が見えています。

黒73と追及するのは当然の一手です。

ただしコウ材は依然として白が多く、黒がコウに勝って白石を取りきるのは無理でしょう。

白74~80まで、コウを争うのは時期尚早と見た黒は左上隅に紛れを求めています。

白がコウを解消すれば、左上隅を二手連打してひと暴れする算段です。

白が左上隅にお付き合いすれば、今度はコウ材を増やしながら打ち進めていくつもりでしょう。

しかし白はどちらの進行も選びませんでした。

それどころか、次の一手は菫初段の「非凡な才能」を感じさせます。

終盤解説

黒81のツケに手を抜いて、何と白82から一子を動き出しています。

これは「鬼手(おにて)」と称すべき、非常に厳しい着想です。

始めに解説した通り、右上隅の外壁は状況によって「厚み」ではなくなります。

菫初段は「右辺の白石を捌いて形にしよう」という着想ではありません。

最初のワリウチから「隙あらば、いつでも壁攻めするぞ」という気持ちで打っています。

そうでなければ、このタイミングで「鬼手」を繰り出せるはずがないでしょう。

ここから黒は崩壊の一途をたどります。

黒83のツギには白84,86とゴリゴリ出切ります。

黒87、白88まで、黒石の弱さが浮き彫りとなっています。

こうなると中央の白のマガリが絶好の位置にいます。

おそらく白64の時点で、この事態を想定していたのでしょう。

何とも末恐ろしい読みの深さです。

右辺の白石には眼がないにもかかわらず、黒はコウを争っている暇がありません。

黒89,91とひとまず頭を出しておかないことには、どうにもなりません。

白92の押しに黒93の戻りは不可解ですが、眼形を厚くしたと解釈するしかないでしょう。

白94とノビて、次に中央と右上隅の黒石を召し取る手を見合いにしています。

黒95のぶつかりには白96~102まで、いよいよ黒の眼形がなくなってきました。

ちなみに黒からどう打っても二眼を作ることはできません。

黒N-15(13-五)、白N-14(13-六)、黒M-15(12-五)、白L-18(11-二)、黒M-18(12-二)、白K-19(10-一)、黒N-19(13-一)、白L-19(11-一)、黒P-18(15-二)、白Q-18(16-二)、黒O-19(14-一)、白M-16(12-四)

※黒L-14(11-六)の切りはシチョウで取れます。

よって黒に残された道は右辺の白石との攻め合いしかありません。

黒103のコウ抜きには、攻め合いを見据えて丁寧にダメを詰めておきます。

もはや黒に為す術は残されていません。

黒105,107と最後の抵抗を試みますが、白112~120が決め手となっています。

結局、追い落としのような格好となり、コウに関係なく攻め合い白勝ちです。

この碁は120手まで、白番仲邑菫初段の中押し勝ちとなりました。

総評

本局は仲邑菫初段の快勝と言ってよいでしょう。

とはいえ金賢貞四段は決して簡単な相手ではありません。

事前に棋譜を見ながら抱いた印象では「よい勝負になる」と感じていました。

場合によっては菫初段の完敗もあり得るだろうと予想していましたが、結果は見ての通りです。

菫初段は一年前のパンダネットレディース囲碁トーナメントの頃と比べて、確実に強くなっています。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【一局目】

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【二局目】

※詳しくはこちらをご覧ください。

本人の努力は勿論のこと、名だたるプロ棋士に揉まれた成果が徐々に出始めているのかもしれません。

どう思えるほど、内容の伴った素晴らしい一局だったと思います。

金四段の敗因は布石をそこそこに右辺の攻めに固執したのが主な理由でしょう。

黒27、少なくとも黒29では左上隅のカカリへ先着するべきでした。

布石をせず中盤戦に入るのは、地合いが足りなくなる原因となります。

また黒27では右上隅から詰めたほうが何かと安心できます。

下辺の白一子との「絡み攻め」も見えてくるので、この碁形では右下隅を「囲う」のではなく「戦場にする」のが正しい石の方向でした。

いずれにしても「単三々入り」は受け入れがたい難しさがあります。

菫初段のような「AI世代」には常識かもしれませんが、我々のような「昭和・平成世代」には考えられない着想でしょう。

星の一子を浮かせて攻め立てようというのですからね。

金四段も右上隅の打ち方にはだいぶ苦慮したはずです。

菫初段がこれから勝ち進むには「布石で後れを取らない」打ち方が必要不可欠になってきます。

菫初段の中盤力はこれまでの対局で十分証明されています。

布石をどうにか互角に打ち進め、中盤の戦いで圧倒すれば、ヨセに入る前に決着をつけることができるでしょう。

今回のような非の打ちどころのない碁はそうそう打てるものではありません。

それなのに本人の自己評価は「70点」とのことですから、今後の活躍にますます期待できそうです。

ぜひとも菫初段には「英才特別採用推薦棋士」として成功してほしいものです。

そうなれば、菫初段にあこがれる「次の世代」が続々と現れるでしょう。

せっかくの新制度が無駄にならないよう、次の世代の発掘にも尽力していただきたいですね。