「プロの碁を鑑賞するときの心得とは何か?」について考察していきます。

プロの碁を鑑賞するときの心得

直感・感性に頼る

あなたはプロの碁をどれくらい鑑賞していますか?

日曜日のNHK杯だけしか見ない方もいれば、中韓のプロ棋士の碁をネット観戦する方もいるでしょう。

プロの打ち碁を観るだけでは強くなりませんが、上達するために見る価値は大いにあります。

現代のプロ棋士の碁はいわば「集大成」であり、これまでプロアマ問わず研鑽を続けてきた研究の成果なのです。

もちろん囲碁は個人の資質によるところが大きいのはもっともです。

とはいえ囲碁の歴史を遡れば、星や小目から派生する定石やその後の変化は何兆通り打たれたのか知る由もありません。

どんな天才でも着手の良し悪しをすべて検証することは到底不可能です。

だからこそ偉人・凡人の碁を問わず、過去に打たれた棋譜を参考にするのは効率のよい上達法と言えます。

ちなみにあなたは誰のどんな碁を参考にしたいと考えていますか?

誰しも「名人の碁」を見たいと思うでしょうし、その中でも「最高峰の内容」を求めるのは当然のことです。

今なら「井山裕太」の「タイトル戦」または「世界戦」といったところでしょうか。

もしくは韓国の「パクジョンファン」や中国の「カケツ」の碁も魅力的でしょう。

あるいは好きな棋士や将来有望な若手の碁を観ている方も多いかもしれません。

若手筆頭の「芝野虎丸」「大西竜平」を始め、今話題の「仲邑菫」に注目している方もたくさんいます。

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【四局目】

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【五局目】

仲邑菫さんの棋譜を解説します!【六局目】

※興味のある方はこちらも合わせてご覧ください。

1つだけ棋譜を鑑賞するときの注意点を挙げるとすれば、レベルの高い碁ほど身に付くわけではないということです。

今まさに隆盛を極める中韓の碁や昨今におけるAIの碁を参考にしても、とても理解が及ばず頭にインプットするのは容易ではありません。

古碁もそうですし、常に最高峰の碁は「難解である」と認識しておくべきでしょう。

そういった意味では、アマチュアの「わかりやすい」碁を参考にするのも悪くありません。

何をもって「わかりやすい」とするのかは、あなたの棋力や感性次第になります。

私はアマ六段ですが、私より布石の上手いアマ初段の方を何人か知っています。

定先で打つと、やたら布石が上手くてこちらが悪くなることがしばしばあります。

当然ながら囲碁は「総合力」ですから、中盤力が足りずに逆転を許してしまいます。

布石の上手い方は「優勢」になりやすいため無理に戦う必要がなく、実戦で中盤力を身につける機会が少ないのは仕方ありません。

布石が得意な方は「詰碁」を中心に勉強するとよいでしょう。

逆に中盤戦が得意な方は「棋譜並べ」や「対局観戦」に時間を割くのが効果的です。

少し話が逸れましたが、要するに「強い人の碁を並べる」のは絶対ではありません。

私より布石の上手い人、中盤の石運びが上手い人の打ち方は大いに参考になります。

プロ棋士の打ち碁であっても「参考にならない打ち方」は今までたくさん見てきました。

「プロの碁の良し悪しなんて判断できません」という方も多いでしょう。

しかしそこは「己の感性」に任せてもよいのではないでしょうか?

「良し悪し」を「好き嫌い」に置き換えても何ら差し支えありません。

「好み」こそ着手の良し悪しを知る「原点」となります。

料理も服選びも人付き合いにおいても、人それぞれ「好み」があって然るべきです。

打碁鑑賞や上達法もまた然りであり、見出すべきなのは「最高のもの」ではなく「最好のもの」であることは間違いありません。

世間の評価や他人の価値観ではなく、己の「直感(感性)」に頼るほうが関心を持ちやすく身に付きやすいでしょう。

お勧めの方法

プロの対局観戦・打碁鑑賞・棋譜並べで最も厄介なのは「分からないポイント」が多すぎることです。

特に二桁級の方には解説を聞いてもチンプンカンプンなところが多いでしょう。

ある程度は仕方ありませんが、それでも難しいばかりではやる気を削がれてしまいます。

英語を習い始めの人が英訳をするようなもので、しかも長文とあってはとても訳しきれません。

ところどころ知っている単語や解説が含まれているとはいえ、すべてを理解するのはもはや苦行でしかありません。

苦行をやり過ごす方法はただ1つだけです。

それは「止まらない」ことです。

一手一手の意味を理解しようとしていては、いつまで経っても先に進めません。

「ここはこういうものだ」と割り切る姿勢がプロの棋譜並べには不可欠になります。

私は級位者の頃、この割り切りがどうしてもできずに棋譜並べを断念しました。

囲碁雑誌には1から10まで、すべての着手に説明があるわけではありません。

分からない部分を補足するには棋力が足りず、かといって納得できないことをやる気も起きませんでした。

そのせいでアマ六段になってからも「下手な打ち方」しかできず、自分の碁に自信が持てませんでした。

ところが布石や中盤の入り方が下手な分だけ「逆転力」が付くのだから、囲碁とは面白いものです。

まさしく「一長一短」であり、序中盤が得意な方に限って中終盤を苦手としている場合が多いでしょう。

序中盤が得意な方は「棋道」寄りであり、中終盤が得意な方は「勝負」寄りであると言ってもよいかと思います。

あなたは「棋道」を伸ばしていくのか、それとも「勝負」を伸ばしていくのか、どちらを選択するのかよく考えてみましょう。

いわゆる「ザル碁」でも強い人は強く、また「ヘボ碁」でも上手い人は上手いものです。

※ここではザル=下手、ヘボ=弱いと表現しています。

「強さ」を求めるのなら詰碁に取り組み、「上手さ」を求めるのなら棋譜並べに取り組むのがよいでしょう。

詰碁の取り組み方とは?

※詳しくはこちらをご覧ください。

棋道を探求するための心構えとは?

囲碁における勝ちとは?

※興味のある方はこちらも合わせてご覧ください。

まんべんなく勉強できれば理想的ですが、なかなかそう簡単にはいきません。

詰碁はともかくとして対局と棋譜並べは時間がかかるものだからです。

時間的な効率を考えれば、分からないところでいちいち止まっていては勿体ないでしょう。

より短時間で成果を上げるには何かしら工夫を施さなくてはいけません。

効率のよい囲碁上達法とは?

※詳しくはこちらをご覧ください。

私のように「分からないところを飛ばせない」方にはちょうどよい解決策があります。

それは「対局観戦」です。

日曜日のNHK杯や囲碁・将棋チャンネルの竜星戦など「一手30秒」の早碁を見るのが最も効果的でしょう。

なぜなら分からないところを考えている間に次の着手が打たれているからです。

この「一手30秒」というのが絶妙であり、観戦する上では早くも遅くもありません。

アマチュアの碁は一手にかける時間が「30秒未満」である場合がほとんどです。

秒読みされると短く感じるかもしれませんが、実際には「一手30秒」なら一局1時間を軽く越えます。

それ以上悩んでいては「考え過ぎ」ですし、手拍子で打たないために「考える癖」を付けるのにも役立ちます。

NHK杯や竜星戦を観れないという方はネット碁の観戦でも構いません。

別に結果が出るまで見続ける必要はなく、気になるポイントを押さえておくだけで十分でしょう。

通常の棋譜並べでは1から手順を追っていくので、分からないところで手が止まってしまいがちです。

その点、ネット碁ならサクサク手順を前後できるため、碁盤に並べるよりもスムーズに打ち進めることができます。

加えて最新の着手を追っていけば、自然と流れを追って止まることなく見続けられます。

プロの対局が観たい方は有料チャンネルがお勧めです。


こちらはスマホやPCで囲碁将棋チャンネルが視聴できます。

囲碁観・囲碁感を養う

分からないとはいえ、やはりプロの碁をある程度「理解して」「語りたい」のが本音だと思います。

オリンピックなどのスポーツ観戦でも分からないなりに盛り上がることができます。

ましてや囲碁を学んでいる身としては「素人以上」には理解を深めたいでしょう。

プロの碁を観る上で大切なのは「ひと段落」の見極めです。

石の競り合いを一手一手追っていくのは、高段者でも大変な作業になります。

野球で例えるなら1球ごとに良し悪しを判断するのではなく、1打席ごとあるいは1回ごとの出来を判断します。

棋力が低い方ほど「大きな枠組み」で盤上を捉えることが大切でしょう。

例えば録画、もしくは画面を撮影して数手先の図と比較してみましょう。

スマホでチェックしている方は「画面キャプチャ」という方法で画面を撮影することができます。

とにかく「頭に残らない」のを補うために「記録する」癖を付けましょう。

ひと手間惜しんで「分からない」と嘆いていてもバカバカしいというものです。

二桁級の方なら「2,30手ごと」一桁級の方なら「10手ごと」有段者の方なら「数手ごと」を目安に盤上の移り変わりを見ていきます。

盤上で繰り広げられているストーリーを追うことができたら、しめたものです。

囲碁は変化の多いゲームですが、大きな流れを変えるのはそう簡単ではありません。

その代表的なものとして「定石」が最もわかりやすいでしょう。

定石とは「ひと段落」の手順であり、出来上がり図の良し悪しを評価します。

中終盤に「定石」と呼べるものはありませんが、原理はまったく同じことです。

一手一手を評価するのではなく、一連の流れを「ワカレ」として評価するのがポイントになります。

級位者およびアマチュアの場合、途中の「ポカ」や「見損じ」によって流れを台無しにする可能性があります。

しかしプロの対局において、その心配はほとんどありません。

もしつまらない見損じをするようなら、そこで碁は終わってしまいます。

アマチュアのように投了の碁をだらだら打ち続けることもないので、安心して「ひと段落」するまで見届けられます。

仮にひと段落を見極めることができたとしても「良し悪しが分からない」という方が大半ではないでしょうか。

良し悪しとは先ほども申し上げたように「好み」で判断してもらって構いません。

プロの対局において「形勢が傾く」というのは数目単位の話なので、アマチュアにとってはほとんど誤差のようなものです。

アマチュア、特に級位者の方の形勢判断は「10目や20目」ズレていても何ら不思議ではありません。

そもそも「目算」するという殊勝な方が少ないですから、それも無理からぬことです。

正直なところ、普段の対局では「好み」や「気分」によって盤上の良し悪しを判断しているはずです。

それならプロの対局観戦を「どんぶり勘定」してもよいではありませんか。

はっきり言って、プロ棋士の解説など「いいかげん」と思っていたほうがよいでしょう。

部分的なワカレや読み筋はともかくとして、形勢判断はあとから覆ることが良くあります。

プロでさえ「検討」しないと良し悪しをはっきり判断できないわけですから、アマチュアなら何をか言わんやです。

AlphaGoが初めて出てきたときも、結局のところ良し悪しを「勝敗」を基に決めていました。

AIの碁に限らず、プロアマ問わず、やはり「勝敗」に基づいて良し悪しを判断するのが基本となります。

「棋譜解説」なら信憑性が高いでしょうが、「リアルタイムの解説」は眉唾であると心得ておきましょう。

皆それっぽいことを言ってはいますが、責任の伴わない「井戸端会議」とそう変わりありません。

未来のことを誰も予想できないように一局の行く末など誰にも分かりません。

しかし「結果」が出たものに対しての「検証」なら話は別です。

決着がついた以上「敗因」が必ず存在しますから、それを手がかりとして検討するのは大いに意味があります。

囲碁に限らず、世の中のすべては「検証と検討」によって成り立っています。

多くの成功者たちが「知ったかぶり」で未来を語るのは、何も分かっていない証拠でしょう。

できるとすれば、せいぜい現在の「状況把握」くらいのものです。

囲碁で言うところの「形勢判断」に相当します。

プロ棋士が確かなのは「部分的な読み」であり、「形勢判断」はプロといえど容易なことではありません。

無論、終局間際になって「目算」が正確にできるようになれば、答えを出すのは造作もないことでしょう。

途中経過で判断しかねるからこそ、解説のとき「形勢に言及しない」棋士が多いのも頷けます。

昔はNHK杯を観ながら「何ではっきりどっちが勝っているのか言わないんだ」と思っていましたが、実際には決着がつく前の良し悪しは判断しづらいのです。

だからこそ、あなた自身の「好み」を基準として優劣を判断していただいて構いません。

「え、そんなわけにはいかないでしょ」と思う方が多いかもしれませんね。

実際に「感想戦」と「棋譜解説」を見比べてもらえればわかります。

いかに良し悪しが棋士個人の「好み」によるのか、目数差はアマチュアと比べて「微差」といえど本質的には何も変わりありません。

あなたが「分からない」と感じていること、それは対局者および解説者も同様なのです。

ただし「部分的な読み」に関しては信憑性が極めて高いと見てよいでしょう。

読みこそプロの真骨頂であり、到底アマチュアには届かない領域に達しています。

プロに共通するのは「読みがずば抜けていること」あとは個人の主観によって盤上を捉えています。

あなたがプロの碁を鑑賞するときは「見たまま」「感じたまま」に受け入れましょう。

それが「間違っている」かどうかなんて、大した問題ではありません。

結果を検証して検討すれば、良し悪しに対する答えもおのずと出てきます。

しかし囲碁は一場面の良し悪しに終始するのではなく、一連の流れを掴むことが重要なのです。

スポーツに例えるならプレーごとの良し悪しではなく、試合の流れをどう掴むのかによって勝敗が分かれます。

「今はよい(悪い)流れだ」と感じながら観ているのが、最良でちょうどよい鑑賞の仕方になります。

細かいところばかりを気にしたり、答えを得ようとしてもなかなか上手くいきません。

またそれを次に活かせるかどうかも甚だ疑問です。

より多くの碁を観戦、鑑賞して「あるがまま」を感じるように心がけましょう。

まるで芸術鑑賞するように、技術にとらわれない感覚を養います。

そして何局も何局も見ているうちに自然と良し悪しを判断する「目」が養われていることでしょう。

それは「正解」という幻想ではなく、あなた自身の立派な「棋風」によるものです。

「囲碁には正解がない」というのは正確ではなく、部分的には「正解の筋」が存在します。

そこは詰碁なり、手筋なり勉強してしっかり身につけましょう。

あとの「正解の分からない箇所」はいろんな碁を観ながら、徐々に感覚を養っていきましょう。

その磨かれ、研ぎ澄まされた感覚はあなたにしかない「囲碁観(感)」となります。