「第56回プロ・アマ本因坊対抗戦」の棋譜解説をしていきます。

 

布石解説

手合い割りは自由置き碁の二子局で逆コミ3目(持碁あり)となっています。

通常の互先コミ6目半よりも22目半黒に有利な条件です。(詳しくは下記参照)

初段の棋譜を解説します!【十局目】

簡単に説明すると二子局とは置き石一つ置いた状態からコミなし定先を始めるのと同じです。

置き石一つの価値は一手分、つまりコミ(半手)の2倍になります。

13目(置き石一つ)+6目半(コミなし)+3目(逆コミ)=22目半

これだけ有利な条件であれば、いかにタイトル七冠制覇を二度も成し遂げた本因坊文裕といえど大変なのではないでしょうか。

アマ本因坊である平岡聡さんは言わずと知れたアマチュア囲碁界のレジェンドです。

プロ高段棋士と何ら遜色のない実力と見てよいでしょう。

まずは自由置き碁なので、右辺の星に二子置いてから白の先番でスタートしました。

白1の小目の方向は次に黒が左下隅へ向かうことを想定して、右辺の二連星に剣先を向ける形にしています。

黒2の小目の方向は次に白にカカリを打たれたときに、右下隅の黒石をバックに戦おうという形にしています。

白3のカカリで左上隅のシマリではあまりにも足が遅いので、目いっぱい右上隅の黒石に迫っています。

白5のカカリでは上辺をミニ中国流に構えたいところですが、やはりハンデが負担になっていて白3のカカリからヒラキを打つ余裕がありません。

黒6では左下隅の白のカカリを挟んで攻めても良し、右上隅のヒラキを打っていない白一子を攻めても良しという状況です。

しかし黒は慌てず騒がず左上隅のカカリを選びました。

黒にとって怖いのは、石を攻めても手抜きされてしまうことです。

厳しく攻めれば攻めるほど白石が危うくなりますが、逆に捨てる発想で打たれると黒石が一か所に固まってしまう恐れがあります。

黒6のカカリで黒は四隅にバランス良く関わっており、全局的な戦いになっても後れを取ることはありません。

白7のハサミは当然です。白が左上隅を受けていては、黒の上辺へのヒラキが右上隅の白一子のハサミにもなって一石二鳥の好手となってしまいます。

黒8の三々へのツケは捌きの急所です。小目でも隅の根拠は三々が要点になっています。

白9ではハネダシから切り違えて白石を上辺に持っていく定石を選びたいのはやまやまです。

とはいえ、定石選択のときは「シチョウ」の関係を忘れてはいけません。

白がハネダシから上辺に打つ定石は右下隅に黒石が待っているので、シチョウは黒が有利です。

シチョウが不利な白は定石途中で妥協せざるを得ませんから、ハンデ戦の対局では打てない定石手順になります。

致し方ないので、白9では左辺に向かう定石を選びました。

しかし白は黒10~18までを利かされて、黒20と絶好のハサミを上辺に打たれてしまいました。

白11~19の利かされは黙って受けておくしかありません。

白は下手に手を抜いて上辺に向かうと、左辺の形が部分的に崩れてしまいます。

互先であれば、部分的なことは多少目を瞑って全局的なことを考えて打っても良いでしょう。

ところがハンデ戦では部分が崩れてしまうとそのまま追いつけなくなってしまう可能性が高いので、部分的なことも全局的なことも両方頑張らなくてはいけません。

白19が唯一手抜きをしやすいタイミングでしたが、やはり左辺の白石が心配です。

白19で白20と打てば、急所のノゾキに打たれてしまいます。

それよりも白19とマゲて力を溜めておき、黒20を打たせておいて白21と目いっぱい左下隅に詰めて両ガカリする進行を選択しました。

黒としては白5のカカリの一子がまだ弱いので、易々と左下隅を白に譲るつもりはありません。

黒22のコスミから黒24とカケて黒28のオサエまで打てば、左下隅の黒石の根拠を得つつ下辺の白石への攻めを狙えます。

白は下辺をヒラキで守っている余裕がないのが、ハンデ戦の泣きどころです。

白が下辺を守って後手を引けば、黒は必ず黒20に続いて上辺を連打してきます。

白19のマゲを打ったのは左上隅の黒石への寄り付きをまだ狙っているからです。

白29のノゾキで黒石を脅かしに行きました。もちろん上辺の白石を捌くための攻めです。

黒30のツケコシは「シチョウは黒が有利ですよ」と主張しています。

白が出れば黒は当然切って、白がツケコシの黒一子をシチョウに抱えても右下隅には黒石が控えています。

これが単純に目数だけでは語れない置き碁の有利なところです。

この碁は目数にして22目半のハンデを黒がもらっていると言いました。

しかしそれ以上に盤上では最初に二隅を占めている黒がシチョウ有利であり、またコウになっても黒が有利です。

コウになるとコウ材探しをしなくてはいけませんが、置き碁では黒石が厚い展開になることが多いため白は黒石の弱点を狙うことが難しいのです。

白31のツケは言わずもがな「シチョウアタリ」です。

黒32の連打が黒石の味を良くしており、気持ちの良いツギになります。

シチョウアタリを打った以上は右下隅への白33の連打は至極当然でしょう。

白に二手連打されたとはいえ、星の要点を黒が占めていますから右下隅を白に易々と譲ってはいけません。

黒34~38と受けていれば、右下隅の黒石が安定して今度は下辺の白石を狙うことができます。

白39のスベリを打ってようやく白は右上隅に手を戻します。

白3と序盤で右上隅にカカリ、黒20のハサミを喰らって、それからやっと白39のスベリで生きを図ることができました。

皆さんが思っている以上に二子局のハンデ戦は白にとって辛いのです。

相手の間違いを期待できる状況であれば、2子も互先も変わりありません。

しかしプロ高段レベルのトップアマを相手にすると、さしもの本因坊文裕でも苦戦を強いられてしまいます。

置き碁において上手の大切な心構えがあります。

それは下手が間違えないのであれば、負けてもしょうがないという気持ちです。

局面を無理やり複雑にして下手のミスを誘うような打ち方はあまり利口とは言えません。

囲碁には棋理があり、自ら棋理に反した手を打っても負けを早めるだけだからです。

特にアマチュアであれば下手が頑張ってミスなく一局を打ち切れたのであれば、相手を称賛して次から置き石を減らすくらいの寛容さが必要でしょう。

黒40で右上隅の三々に受けなかったのは、白のスベリに対して黒は「三々に受けるのか」それとも上辺から何か打って「白に三々を打たせるのか」どうかの判断を保留にしたためです。

そして黒40は手止まりの最後の大場でもあります。

これにて四隅、四辺を打ち切り、布石がわかりやすく終わりました。

中盤解説

白41のツギに黒42の守りは必須です。これを怠ると白に出から差し込まれて2つの断点が見合いになってしまいます。

白43の二間ビラキは下辺において彼我の根拠の要点です。

黒44,46は白石の「二目の頭尻尾」の急所であり、黒52まで白石を浮かせて攻めることで下辺の黒石を捌こうという意図です。

白は下辺の黒石を攻めないと話になりませんから、白53と種石を動くのは当然です。

黒54,56と下辺の白石にモタレながら、黒58と頭を出して脱出すると同時に左右の白の弱石を分断しています。

石を生きる、捌くときにただ逃げ回ってはいけません。

「あなたの石も弱いですよ」と主張することで、守り合いになり結果捌きやすくなります。

黒58と分断されたことで、右辺の白数子の捌きも容易ではありません。

白59,61のツケ引きは割と強引な手法です。

白59とツケて白の形にハザマができたので、黒はタケフで自身を連絡しながら有り難く白のハザマを突きます。

白は黒に頭を出されたくないため、黒62のマゲには白63,65と二段バネにして中央を頑張ります。

白59のとき白が一間トビで打ってくれれば、黒も合わせて中央へ一間トビに打ちます。

お互いにどんどん一間トビに打っていく形は中央に黒地ができる要素がある一方で、白石からはまったく白地ができずただ逃げるだけになってしまいます。

そこで白59~65まで、白は下辺の黒石の頭を止める強硬手段に打って出ました。

しかしながら白石が斜めに動くと当然それに伴って断点が生じますから、黒66~72まで黒石の頭を出しつつ白石を切って逆に白の頭を止めに行きます。

白73のツケはモタレ攻めであり、右辺の突破と黒二子への狙いを両睨みにしています。

黒74と黒二子をノビたのが、右辺の白数子の中央への進出を止める絶好点です。

白75と予定通り右辺を突破しても黒76,78と頭を出して黒は戦えると主張しています。

白77はこれまたモタレ攻めの一種ですが、黒78のノビキリを許してしまっては黒に不満はありません。

白78と頭を押さえなかったのは、白が右辺の黒石を取りに行くと黒は右辺を捨てて中央を囲ってくる可能性があるからでしょう。

白としてはやはりハンデを背負っているわけですから、あっちもこっちも頑張らなくてはいけません。

黒にしてみれば序盤こそバランス良く配石していましたが、ここまで局面が進んでしまえば勝てるときには勝ちに向かいます。

つまり一か所捨てて、別の場所でのフリカワリをいとわない構えです。

これは置き碁の上手にとっては相当厄介なことです。

石を捨ててフリカワリを目指すのは手数がかかるため、局面が進んで盤面がわかりやすくなりやすいのです。

先ほどから白が石を捨てられないのは、局面が進んで盤面がわかりやすくなるのを避けるためです。

黒としてはハンデの分だけ有利ですから、あまり複雑にならずに盤面がわかりやすくなれば勝ちやすいでしょう。

ということは、黒からは捨て石を存分に活用することができます。

白は簡単に石を捨てることはできないし、また黒石を取ることもできません。

白には黒石を生かさず殺さず攻めながらも、白石をなるべく後手にならないよう捌いていく高度な技術が求められています。

しかしそれでも黒がどこかで間違えてくれなければ、白の負けは必至でしょう。

黒には盤面2目負けまでの猶予がありますから、ちょっとずつ貯金を使いながら安全勝ちを目指すこともできます。

黒78のノビキリは「白二子の種石を次に取りますよ」というノゾキにもなっています。

白79のヒキは連絡の急所とはいえ、打ちづらい意味もあります。

というのも白79~83までひと段落した後、白が右辺の黒石を取るために白二子の種石をツグと黒に差し込みを打たれてしまうからです。

黒の差し込みに対して、白79の守りは役に立っていません。

とはいえ他にやりようもないので、いかに白が苦しい戦いをしているのか良くわかります。

白83が来たことによって右上隅の黒石が危なくなったので、ここにきて三々に守りました。

そして黒84と三々に打つと今度は上辺の白石が危なくなるので、白85~89までの守りが必要になります。

結局、右下隅から始まった戦いは白の浮石が右辺を割って治まり、下辺の黒石は中央に進出しました。

下辺の白石はお互いに生きているという読み筋でしょう。

なかなか二子逆コミ3目のハンデ差が縮まらず、白は大変な局面が続きます。

終盤解説

まだ90手近くしか打っていませんが、黒はもう大ヨセに入ろうとしています。

ハンデ差を縮めたい白には戦う理由がありますが、ハンデを上手くキープできた黒にはもう戦う理由がありません。

最初から戦わずして勝つのは無理ですが、ここまで来たら安全勝ちの射程圏内でしょう。

黒90,92と左辺の白模様を軽く消してから、黒94と右辺の白石に寄り付いていきました。

寄り付くとは攻めよりも軽い表現であり、じわじわ攻めてちょっとでも得しようという打ち方です。

主に終盤のヨセで打たれる攻めと思って良いでしょう。

右辺の白石と上辺の白石に寄り付きながら、黒は中央に着実に黒地を付けていきます。

黒94~110まで黒は右上隅の黒石を注意して打てば良いだけなので、左右の白石にモタレながら打つのは割と簡単です。

黒112のカケツギに戻り、黒118までいよいよ中央の黒地が膨らんできました。

白119~123まで打ち終えたところで、盤上にはめぼしい大ヨセがなくなりました。

大ヨセと小ヨセの区別は明確には決まっていませんが、大ヨセにはまだ紛れる余地が残っているのに比べて小ヨセには紛れる余地がほとんどありません。

つまりここら辺で大勢が決していることは両者とも承知の上でこの先も打っています。

この碁はここから50手ほど打ち進められて、黒174手まで黒番平岡聡アマ本因坊の中押し勝ちとなりました。

総評

本因坊文裕を相手にここまで隙のない碁を打てるのはさすがとしか言いようがありません。

もちろん井山先生もプロの公式手合いではありませんから、無理やり勝ちに行くようなことはしていません。

あくまでもハンデ戦であり、下手が立派に一局を打ち切るなら上手としては素直に負けを受け入れるだけです。

それにしても毎年のイベントとはいえ、こんなハードな対局をこなしていては井山先生も身が持たないでしょう。

ただでさえ国内棋戦、国際棋戦で大変なスケジュールを抱えている上、加えて今回のようなイベントにも出席しなければならない立場では、今後の勝敗に支障をきたすかもしれません。

囲碁は心・技・体のすべてを駆使して勝ちを目指します。

どうか井山先生にはお体に気を付けて、対局に臨んでほしいものです。

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