「囲碁における第一感を鍛えるにはどうすればよいのか?」について考察していきます。

囲碁における第一感を鍛えるには

暗黙知とは?

あなたは「暗黙知」という言葉をご存知でしょうか?

人は言葉などで説明できる知識とは別に「言葉では言い表せない知識」というものを持っています。

言葉や文章、または絵や数値などで表現できる知識のことを「形式知」と言います。

ある「物」を説明しようとするとき色や形の特徴を捉えて言語化することができれば、それは形式知に当てはまります。

仮に「消火器を具体的に説明してください」と言われたら、大抵の人は説明できるのではないでしょうか?

消火器とは「円柱の形をした赤色の本体に黒色のホースと取っ手、黄色の安全ピンが付いている消火器具であり、白色の粉が噴出される」と説明できます。

小学1年生にでも分かるように説明するなら「火事の時に使う消防車と同じ赤い色のやつだよ」と話せば分かると思います。

一方で、具体的に言い表すのが難しい知識というものがあります。

例えばスキルやノウハウ、または経験や思考力といったことです。

もし「あなたの歩き方を説明してください」と言われたら、どのように説明しますか?

「歩く」なんて日頃から当たり前にやっていることは、いざ説明するとなれば厄介なものです。

他にも「自転車の乗り方」とか「泳ぎ方」というのは、できる人にとっては「感覚的なもの」であるため説明しづらいのではないでしょうか。

このように言葉で言い表すのが難しい知識のことを「暗黙知」と言います。

囲碁においては「第一感」や「ひらめき」といった表現を使います。

次の一手がパッと見えるとき、その手が見えたプロセスを説明するのはとても困難でしょう。

なぜならそれは「感覚」の問題であり、あなたの「嗜好」や根源的な「思考」に基づいているためです。

囲碁はどちらかというと「形式知」よりも「暗黙知」のほうが大切なゲームであると言わざるを得ません。

盤上を瞬時に判断できる視野がなければ、いくら時間があっても足りないからです。

しかし誰しも初めから「暗黙知」を兼ね備えているわけではありません。

歩いたり、泳いだり、もしくは自転車に乗ったりするには相応の「訓練」が必要不可欠でしょう。

囲碁の第一感を養うプロセスも同じです。

一番最初は「ルール説明」があり、それから徐々に「良し悪し」を学んでいきます。

「石を取るのが良い」と学んだ人にいきなり「捨て石」を教えようとしても上手くいきません。

「石を取られないほうがよい」または「石を捨てたほうがよい」というのを場面ごとに繰り返し説明していくしかありません。

囲碁の変化は膨大で無限のようですが、実は「部分的な形」というのは大した数ではないのです。

言葉が「主語」「述語」「修飾語」から成り立つように、囲碁も「場所」「形」「空間」から成り立っています。

場所とは「隅・辺・中央」または「1,2線、3,4線、5線以上」のことを表しています。

形とは「一間トビ・ボウシ」「ケイマ・カカリ」「ノビ・ツケ」「コスミ・ハネ」のような関係のことです。

空間とはすなわち「模様」や「目数」であり、図形によって囲う効率が変わってきます。

図形に基づく囲碁の打ち方とは?

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これらの組み合わせによって膨大な数の変化を生み出しますが、1つ1つ覚えていくのはそう難しいものではありません。

それぞれの知識のパーツが意識していないところで結びつき、それによって「暗黙知」が自然と形成されます。

第一感とは初めから持っている「感覚」ではなく、これまで積み上げてきた知識と経験の「集大成」に他ならないのです。

第一感を養うには?

囲碁では第一感、すなわち最初に浮かんだ手というのが好手である場合が多くあります。

あれこれ考えて下手な手を打つよりも「ここが良さそうだな」という直感に任せて打つほうが着手のリズムも出てきます。

もちろん読みの裏付けも必要ですが、それ以上に「打ちたい場所に打つ」のは囲碁を打つ上で欠かせない大切な「感覚・感性」を養うことにもつながります。

囲碁における感覚とは「ひと目の読み」と言うべきかもしれません。

中級者以上の方で、詰碁の「三目中手」や「五目中手」を読む人はいないでしょう。

しかし囲碁を始めたばかりの頃は「本当に真ん中に置けば死ぬのか?」を何回も確認したはずです。

私も「五目中手」とダメが3つ空いている「ゲタ」は幾度となく、取れているかどうか確認していました。

つまり最初の頃は「感覚に落とし込むまで読んでいた」というわけです。

カケ眼やダメヅマリもそうです。

初級者の頃にはだいぶ苦戦していましたが、対局を重ねるごとに次第に「感覚」として分かるようになりました。

詰碁だけではなく他の分野でも「読んでいる」または「考えている」ようでは、まだ感覚に落とし込めていません。

石を取るとき「盤端に追い詰める」というのは、もはや基本中の基本でしょう。

対局するたびに出てくる「基本手筋」ですから、ほとんどの方が「感覚」に落とし込めているはずです。

よく出てくる「筋や形」であれば、毎局ごとに検討を繰り返すことで読まなくても自然と打てるようになります。

しかし滅多に出てこないものは自ら意識的に勉強するしか方法がありません。

よく言われるのが「詰碁をひと目で解けるようにしましょう!」という言葉です。

これは「死活の第一感を養いましょう!」と言うのと同じ意味合いになります。

他にも布石・定石・手筋・ヨセなど、それぞれの分野の第一感を養うには問題を反復して解くというのが最も効果的な勉強方法でしょう。

本来なら「実戦+検討」を繰り返すのが王道であり、より効果的な手法です。

とはいえ検討するとき1人では良し悪しを判断するのに限界があります。

しかも棋力が低い人ほど「検討」というものを疎かにしています。

正直、ひたすら「強い人との対局」+「検討してもらう」ということを繰り返せば、あっという間に強くなることも十分可能でしょう。

将来的にはAIがその役割を果たすことは間違いありません。

今はまだ着手に対する「理論的な説明」をしてくれませんが、それさえできれば最高の「先生」になり得ます。

あとは学ぶ側がそれを納得して汲み取れるかどうかに懸かっています。

第一感を養う上で大切なのは「良し悪しの判断」がはっきりしていることです。

良し悪しの判断がはっきりしていないところでは、おのずと「好み」が分かれます。

「死活の第一感」は正解かどうか分かりますが、「布石の第一感」は正解かどうか分かりません。

そのため良し悪しの判断を「棋風」と呼ばれる「好み」に任せる他ないのです。

理論的に納得できない、心理的に納得できないことをいくら言われても身に付くはずがありません。

だからこそ「答えのわかる分野」以外の勉強は「納得できる人や本」を頼りにするのが一番でしょう。

布石の理論は聞いていて自然と頷けるものを選ぶことが何よりも大切です。

中盤で「連絡が大事」と教わりながら、布石では「どんどん広げて打ちましょう!」と言われても違和感しかありません。

強い人にとっては何の矛盾もありませんが、学ぶ側からしてみれば矛盾しか感じないでしょう。

この場合は「連絡して、石が安定したら他へ打ちましょう!」と言うのが分かりやすい伝え方になります。

あるいは「どんどん広げて、相手が入ってきたら攻めましょう!」と言うのも無理のない打ち方の1つです。

いわば「実利」と「模様」をはっきりと分けて教えているわけです。

実際には「ごちゃ混ぜ」という局面も多いですが、なるべく良し悪しの基準は分かりやすくしておくべきでしょう。

まずは局面の良し悪しを「知識(頭)に落とし込む」のが肝心であり、それから知識を「感覚に落とし込む」のです。

ダメヅマリに習熟する

第一感を鍛えるには「正しい反復」が必須となります。

間違った反復をしてもまったく意味がありません。

要するに対局で負け続けているのに勉強も検討もせず、そのまま打ち続けるなどもってのほかということです。

一局のうち、反省するポイントがない碁というのは存在しません。

よほどの快勝でない限り、必ず1つは反省点を見い出すことができます。

負けた碁であれば、尚更でしょう。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉があります。

どんな名人でも負けた碁には敗因が付き物であり、それを反省せずして次の勝ちにつながることはありません。

仮に敗因を「見損じ」だとしましょう。

見損じは「読み抜け」「読み違い」ですから、対策として簡単な読みを鍛えることになります。

すると「第一感」で失着を選ぶ可能性がグンと少なくなります。

上手と下手の違いはまさにこの点です。

上手は下手よりも第一感が優れています。

よって早碁になればなるほど、上手の本領が発揮されていきます。

下手が「3手読み」するところを上手は「1手読み」で事足ります。

代表的な例として「鶴の巣ごもり」という手筋が挙げられます。

「三目の真ん中」にワリコミ一発で、ダメヅマリのため三子が身動きできなくなる手筋です。

基本的には「5手読み」ですが、慣れれば「1手読み」で技が決まっているのが分かります。

囲碁は手数を多く読めることにあまり意味はありません。

読みで大切なのは絶対的に「質」です。

いくら5手、10手先が読めても「優れた第一感」には到底及びません。

シチョウが良い例でしょう。

正確に読めなければ、どんなに目で追いかけても徒労に終わってしまいます。

第一感は読みを深めていく「入口」ですから、それを鍛えることによって読みの精度が格段に上がります。

囲碁における読みとは?

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第一感を鍛える上で欠かせないのは「ダメヅマリ」への感度です。

ダメの詰まり方が1つでも違えば、読み筋は大きく変わってきます。

囲碁は「ダメヅマリのゲーム」と言っても何ら差し支えありません。

ダメヅマリとはすなわち「アタリ」のことです。

死活の問題を例に挙げてみましょう。

死活に使われる手筋(決まり手)は主に3つとなります。

・打ち欠き(放り込み)の筋

・中手

・ダメヅマリの筋

これ以外に死活で用いる筋はありません。

「死はハネにあり」と言って狭めるのは、最後に上記の3つに導くための過程でしかありません。

死活の難易度が上がるにつれ「複合型」の問題になりますが、基本さえ押さえておけば答えを導き出すことができます。

ここで言う基本とは以下の2つです。

・打ち欠きの筋、放り込み(二子にして捨てよ)の筋

・三目中手、四目中手、五目中手、花六(六目中手)

これらは死活基本であり、これら以外の手筋はすべて「ダメヅマリ」の筋になります。

死活はだいたい「押す手なし」のようなダメヅマリの問題が数多くあります。

理由は簡単です。

他のあらゆる筋や形が「有限」であるのに対して、ダメヅマリだけは唯一「無限」の変化をもたらすからです。

囲碁における有限とは「石」に関わることであり、無限とは「地(空間)」に関わることです。

しかしながらダメヅマリは「死活」に無限の変化を与える要因であり、まさしく読みの根幹となる部分でもあります。

つまり囲碁における読みを鍛える、ひいては第一感を鍛えるためにはダメヅマリへの習熟が欠かせないというわけです。

布石の良し悪しを判断しづらいのも、ダメヅマリになっていないためです。

棋力が上がれば上がるほど、ダメヅマリがはっきりしてくる中終盤のほうが分かりやすく感じます。

逆に棋力の低い方は最後にダメヅマリでやられてしまうことも多いのではないでしょうか。

ダメヅマリに敏感になるためには「中終盤」に重点を置いて勉強するのがよいでしょう。

石が入り組んで分かりにくい場所を避けていては、いつまで経ってもダメヅマリへの感度を上げることはできません。

初級者の方は石の接触を避けずに思う存分、積極的に戦いましょう。

中級者以上の方は戦いの顛末を必ず検討して、反省する癖を付けましょう。

反省しないと「何が正解だったのか?」を推し測ることができず、打ちっぱなしになってしまいます。

たとえ検討する時間が取れなくても、ポイントを押さえる方法はあります。

効率のよい囲碁の上達法とは?

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第一感を鍛える上で大切なのは「正しい反復」を繰り返すことです。

そして次第に「読み(知識)」が「感覚(第一感)」に落とし込まれます。

今の5手読みがそのうち3手読みになり、最終的には1手読みや0手読みになります。

その時こそ、あなたの感覚は囲碁にふさわしい「暗黙知」を兼ね備えていることでしょう。

第一感を鍛えることにより、余計な読みをせずとも好手が打てるようになりたいものですね。